小説

『リネン』三日月響(『蒲団』田山花袋)

 切れた電話に、女はつぶやく。「もう少しで、イケそうなんだから邪魔すんなっつうの!」若くもなく大年増というわけでもない肉食系女だ。肉食といっても男を漁るほうではなく、欲求のためなら手段を選ばない一昔前の武器を使う肉食というよりは肉体系女子(?)のほうだ。古典的な女の姿ともいえる。アルジーは完全にカモられている。教えてやらなければ。どうやって?テープをダビングして渡すか?不可能だ。
 例のごとく業者との予定を、契約をちらつかせて無理やり今日にして会議室に籠ってチェックインの時間をやり過ごした。
 翌朝、回収したレコーダーは前回よりも鮮明に録れていた。
 珍しく乱暴に腰かける音がしている。
「まったく連絡くらいできないものかな・・何やってるんだ。」待ち合わせ場所に姿を見せずいらだっている様子だ。
「ようやくつながった。今日はどうしたの?約束、忘れた?」
ようやくつかまった電話の相手に、さっきまでの苛立ちは瞬く間に消え、まるでじゃれつく子犬が鼻を鳴らしているみたいだ。(しっかりしてよ!)
「連絡くれたら僕、ホテルで待ってたのに。何時でもよかったよ。そうか・・疲れているようだから今日はゆっくり休んで。また来週でも連絡してよ。」
(まったく・・)
 どんなに忙しく仕事をしていても,女の脳は同時にいくつもの問題処理にあたれるようにできていると何かの記事で読んだ。会議テーブルの下で、発言中にメールを打つなんて御手の物だ。女はすべて見通して連絡をしなかっただけだ。電話の後、アルジーは上機嫌だ。「無理しすぎなんだよ。疲れてる声しちゃって。」
 安堵の吐息と共に漏れる独り言ははずんでいるようだった。すっぽかされたさっきまでの苛立ちは〝仕事〟と聞いて安心に変わったってか?あほか!
 なんとかしなければ、最近はやりの毒婦の餌食になるかも。
 アルジーの次回予約はまだ入っていない。
 チェックイン客が押し寄せる第一波2時。
 フロント業務に追われていると鼓動がいきなり震えるのを感じた。(やばい、心筋梗塞か?)
 

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