小説

『コウモリ女』田中りさこ(『卑怯なコウモリ』)

 ナナは小さくため息をついた。ナナの拗ねている時のクセだ。
「違う、違う。予定確認してたの。いいよ、会えるよ」
「ありがとうぉ、なんか急にごめんね」
 電話を切ったまことは、半分以上残ったお弁当の蓋を閉じた。

 まことがファミレスに着くと、先に店にいたナナが立ち上がって小さく手を振った。
「待った?」
 まことが聞くと、ナナは首を横に振った。
「全然。急なのに、オッケーしてくれて、ありがとうね」
「ナナこそお子さん、大丈夫?」
「うん、うち実家近いから預けてきた。孫大好きでさ、向こうも喜ぶんだ」
「へぇ、子供可愛いよね」
 まことの言葉に、ナナは急に不機嫌そうに顔をゆがめた。
「まことは、分かってくれる。子供、可愛いじゃん。夏はさ、子供なんて邪魔くさいと思ってるよ」
「えー、そんなことないと思うよ」
「えっと、まこと、知ってたっけ? 夏に来てもらったんだよ、うちにさ。保険とかの話聞きたくて」
 もちろん夏から聞いてまことは、知っていたが、もちろん顔には出さず、相づちを打った。
「へえ」
「うち、保険のこととか知らないし、いっぱい質問したんだ。そしたら、夏はそんなことも知らないの、みたいな感じでうちのこと、絶対バカにしてた」
「そんなことないよ」
「でもさぁ、ちっさい子供二人いてさ、自分の格好にもかまえなくて、家も散らかってて。夏は、結婚してもこんなもんか、って絶対思ってるよ。昔っから、自分が一番上じゃないと、気が済まないんだよ、夏は。何かとうちらのこと、見下してるよ。うちは仕事してないし、まこちゃんのこともトロいだとか、事務は楽でいいとか」
 まことは平静さを保っていたが、ナナの言葉がのどに刺さった小骨のようにチクチクと傷んだ。
 ナナは、言葉を止めてこう付け加えた。
「あっ、うちはそんなこと全然思ってないよ。とにかくさ、結婚もできないし、彼もいないひがみだよ、あれは。あんなんじゃ、モテるわけない」
 

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