小説

『コウモリ女』田中りさこ(『卑怯なコウモリ』)

「まことの美術の成績って1」
「あれは、テストの点が悪かったの」
「覚えてる、覚えてる。まこってば、肖像画を見て画家名答える問題に全部ピカソって、書いて、先生に注意されてたよね」
「それしか知らなかったの」
「まことが絵ねぇ」
 夏もナナも、中学時代を思い出しているのか、笑顔になった。まことは、今だ、と思い、話を続けた。
「聞いて、聞いて。そこでね、イギリス出身の人とお友達になって、自宅にお呼ばれして、アフタヌーンティーしたの。つまり、言いたいのは、なんだっけ?」
 まことが言葉に詰まると、夏が言った。
「つまり、まこが言いたいのは、何か新しいことはじめたら、思いがけない出会いがあるってこと?」
「そう、まさにそれが言いたかったの」
「まことは、相変わらず話下手だなぁ」
 ナナは笑いが納まらないようで、終始くすくすと笑っていた。

「ただいまぁ」
 まことが家に帰ると、ヒロがソファから起き上がった。
「おかえり」
 二年前から同棲している。付き合って、四年。
 夏とナナには、結婚はまだ分からないと言ったが、まこととしては、ヒロとの結婚を意識していた。ただ、結婚に関する話は、二人の間では、出たことがない。
「もう食べた?」
 まことが聞くと、ヒロはテレビを消した。
「まあ、適当に」
 食べ終わった皿がテーブルに置きっぱなしだ。ヒロはたまに料理はするのだが、後片付けをなんだかんだしない。この分だと、汚れた鍋がそのままだろうと、まことは思った。
 まことはカバンを床に置くと、テーブルの食器をまとめてキッチンに持っていった。対面式のキッチンとリビングとの距離は、五メートルもない。
 歩いて数秒のことなのに、とまことはいつも言うのだが、ヒロは食後すぐに動きたくない、と屁理屈をこねるのだ。
 まことの思ったとおり、フライパンがコンロに置いたままだ。フライパンには、野菜炒めがほんの少し残っている。まことは、野菜炒めを小皿に移し、ラップをかけて冷蔵庫にしまった。
 

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