小説

『コウモリ女』田中りさこ(『卑怯なコウモリ』)

「子供どころか、まだ結婚もしてないよ。専業主婦いいよね。憧れる」
「と言っても、彼はいるんでしょう」
 ナナがにやにやして聞いた。
「うん、一応」
「で、結婚するの?」
 ナナのさらなる質問にまことは肩をすくめた。
「まだ分かんないよ」
 夏がそのやり取りを聞いて、ため息を吐いた。
「一応って余裕な発言。私なんか、彼もいないよ。ほら、まこは事務だけど、営業は残業も多いし」
 ナナがすかさず言った。
「銀行なら、いい旦那さん候補いっぱいいるじゃん!」
「ナナはすぐそう言う。同僚はそういう目で見てないの。まこも、そうでしょ?」
「うーん、私の場合は取引先だったから、同僚とは違うけど」
 夏は大きくうなずいた。
「ほら、まこもそう言ってるでしょ。ナナは大学卒業して、すぐ結婚して子供産んで、仕事したことないから、分かんないんだよ」
 夏の言葉にナナは反撃した。
「そっちこそ最初から恋愛対象の範囲狭めてるから、結婚どころか彼氏もできないんじゃなぁい? 昔っから理想高かったよね。そうだ、高木くんだったよね、夏の好きな人」
 高木くんは、バスケ部のキャプテンで、勉強もできる、まさに文武両道の男子だった。色白長身整った顔立ちをしている高木くんは、白馬の王子様だと、女子の間では言われていた。
 その高木くんは、二十五歳になり、本当の王子様のようになっていた。同窓会では、女性陣にずっと囲まれ、質問攻めにされていた。それをまことたちは、遠巻きに眺めていた。
「今はそんな話関係ないでしょ。ナナも高木くんのこと好きだったし。高木くん独身だけど、ナナはもう手出せないからって嫌味?」
「はぁ、何言ってるの? 高木くんの指見てないの? 指輪してたじゃん。あの顔で彼女いないわけないじゃん」
「ほら、気にしてなかったら、普通指なんてチェックしないよね」
 まことは緊迫した空気が苦手で、慌てて調整役に回った。
「まあまあ、二人とも。恋もいいけどさ、やっぱ自分磨きも大事かなぁと思って、最近、絵画教室行ってるよ」
「まこが絵?」
 夏が聞き返すと、ナナが付け加えた。
 

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