小説

『コウモリ女』田中りさこ(『卑怯なコウモリ』)

 まことは曖昧に笑った。
 ナナと別れたまことは、駅に向かった。喫茶店から、駅に向かうまでの繁華街で、まことは立ち止まった。
「ヒロ?」
 すぐに人ごみに紛れてしまったが、確かにヒロだった。ヒロは一人だった。友達を会うと言っていたのに、なぜという思いがまことに広がっていた。

 まことが家に帰った時も、ヒロはまだ家にはいなかった。四時過ぎ帰ってきたヒロは、まことを見ると、まっさきに言った。
「なー、シワ」
 眉間のしわを寄せ、腕組みをしているまことに、ヒロが声をかけた。返事のないまことの眉間に、ヒロは手を伸ばし、しわを伸ばすように皮膚を横に引っ張った。
「ちょっと」
「なんで、そんな顔してるのか当てよっか。また、同級生がらみでしょ?」
 まことが軽くうなずくと、ヒロが続けていった。まことは内心では、嘘をついて、繁華街で何していたのか聞きたいのだが、言葉がどうしても出なかった。
「今日、連絡あったよ」
「え?」
「笹山 夏さんから」
 ナナの言動に悩んでいたまことは、夏の名前が出てきて、思わず聞き返した。
「え? なんで、保険のこと?」
「俺に会いたいって」
「はい?」
 ヒロは「これ」と言いながら、自分の携帯をまことに渡した。
『今度、二人で会えませんか? まこのことで、教えたいことが! 中学からの親友なので(^^) 夏』
 夏からのメールだった。電話番号を利用して、送っている様だった。
 セミナーのアンケートに、確かに連絡先を書く欄があったが、こんなことに使うとは、まことは頭が混乱した。
「で、夏と会っていたってわけ?」
 まことが小声で言うと、ヒロは「え? 何?」と聞き返した。
 まことはヒロの質問には答えなかった。なんだ、この音符は、顔文字は、と怒りが徐々にまことに湧き上がってきていた。
 

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