小説

『弁当』沖原瑞恵(『桜桃』太宰治)

 親よりも子が大事、と思いたい。親からみれば子供はいつまでも子供であろうが、そうは言ってもこの世に生まれ落ちて十五年が経つのだ。生まれた時代が違えば、名を改め成人の儀を済ませる頃だ。それだけ生きれば親よりも大人になり、苦労を背負うこともあるだろう。少なくとも僕の家庭においてはそうだ。
 今この時代になっても、台所へ立つのは専ら母である。父は僕と七つ下の妹が朝食をとっている間に家を出て、夕食の片づけも風呂も済ませ、さて布団に入ろうかという頃合で帰宅する。ため息まじりに背広を脱ぎ、汗の匂いがついたままのシャツで居間の食卓へ座る。そこへ母が夕食を温めなおして並べると、黙々と食べ始めるのだ。男は外で働き女は家を守るなどという古い慣習にとらわれているわけではないが、家事に疎い父と仕事より育児に励みたい母が、十何年も連れ添ったなかで築き上げた各々の役割だ。
「来週、小学校の懇談があるのだけど」
 冬のある日、風呂からあがって部屋へ戻る途中、僕は廊下で母の声を聞いた。
「あなたも来てくれないかしら」
「お前だけじゃ駄目なのか」
 父の声がほんの少しだけ尖る。
「駄目とは言われていないけれど」
 母が努めて穏やかな口調を保っているのだと、声を聞いているだけの僕が気付くくらいだから、きっと父も同じように感じているはずだ。それでも母を労わる素振りを見せない父に、せめて、今日も煮物が美味いくらい言ってやれないのかとやきもきする。同時に母に対しても、働きづめで疲労の色を隠せない父相手にする話でもなかろうにとも思う。
「駄目とは言われていないけれど、あなただってこの前、あの子の成績を心配していたでしょう」
 

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