小説

『ネコソーゾクの兄弟』楠本龍一(『長靴を履いた猫』)

それからというもの、俺はこれまでと変わらない、何となくの毎日を過ごした。父親が死んでしまったのは確かに悲しいのだが、自分も成人しているし、深刻に落ち込んで出かけられないなどということにはならなかった。東京に戻ってきた俺を、アルバイトや大学の課題や就職活動がすぐに絡めとり、いつの間にか俺は、細切れの時間を淡々とやり過ごすだけの毎日に再び埋没していた。ボードリヤールもアパートでの生活にすぐに慣れ、俺が出かけると大体はブーツを履き、ついて歩いてきた。そんなある日、深夜に寄ったハンバーガー屋の席でぼんやり座る俺にボードリヤールが言った。
「なあご主人、この暮らし、楽しいのかい?」
「楽しいかって?」
「毎日バイトやら大学やらあちこち出かけてるけど、ちっとも楽しそうじゃないぜ。いつも『あれをやらなきゃ』って言ってる」
ふうむ。ボードリヤールにそう言われてみると心もとない。
「まあ、実を言うとそんなに楽しいわけじゃない。そもそも楽しいかどうかなんて考えて毎日過ごしてないからな」
「ふうん。じゃあ何で毎日そんなに忙しそうなんだ? 例えばご主人のやってるバイトなんて、こう言っちゃなんだが、ただのレジ打ちで時給もびっくりするくらい安いし、何か他のバイトに替えるとか、辞めちゃうとか、あるんじゃない? 大学もそうだろ」
この数週間、どこに行くにもくっついてくると思ったらこんなことを考えていたのかこの猫は。
「なんでだろうな。どうしてだか漠然と不安なんだよ。自分がやってることが個々に全然繋がってない。細切れの時間を過ごしてるだけで、何も身についてない。それは分かってるし、焦ることもあるんだけど、だけど頭のどこかで、単純な仕事でも淡々と働いたり、大したことない授業に出てるだけでもいつかそれらが積み重なって何かなるんじゃないかって考えちゃうんだ。不安だからそこに逃げ込んじゃうんだな。そうやってズルズル暮らしてるんだ。バイト代もまあ入ってくるし、適当に成績もつくし特に問題が無ければいいんじゃないかって」
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14