小説

『ネコソーゾクの兄弟』楠本龍一(『長靴を履いた猫』)

数週間後の昼時、アパートで俺とボードリヤールは一通の封筒を挟んで向かい合って座っていた。
「これが面接受けた会社からの手紙かい?」ボードリヤールがしげしげと封筒を眺める。
「ああ、そうだよ。これに採用か不採用か書いてあるんだ」
「緊張する?」
「まあ、多少はね」そうは言ったものの、いつまでも封筒を前に向かい合っているわけにはいかない。俺は封筒を手に取り中の手紙を取り出した。紙を広げる音が静かなアパートで妙に大きく感じられた。
「どうだった?」
ボードリヤールが聞く。
「またダメだ。また落っこちたよ」
さっさと手紙を細かく破り始めつつ答える。
「面接で失敗したのかい?」
ビリビリと破かれる紙を目で追いながら猫が言った。
「いや。本を100冊読んでる間に考えたことを話しただけさ。仕事に関係あることだけ考えてたって駄目だ。そんなのはマニュアル通りに動く薄っぺらい機械みたいな奴のすることだ。歴史も社会のことも経済も文学も、色んなことを学んで、本質を掴むべく自分の頭で考えることが大切だし、今の世の中はそれと逆に進んでるって、そう言った。だから自分は今さらに本を読んで考え続けてるってね」
ボードリヤールが笑った。
「そんなこと言ったら駄目だろう。いけ好かない奴だし、組織じゃ使いづらいと思われる。猫だって分かるよ、世間の壁は厚いんだぜ、コミュニケーションして皆と歩調を合わせることが大切って言っておけばいいじゃないか。普通にやることが大切ですって」
 

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