小説

『私の頭の上の話』坂本和佳(『鼻』芥川龍之介/古典落語『頭山』)

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それから数日後。坂本は沢海から仕事の依頼を受けた。一人芝居がしたいのでその脚本を書いてほしいとの内容だった。わずかではあるがギャラが出ること、加えて前々から手を付けたかったこともあり、坂本は二つ返事で引き受けた。

 夕食のうどんを食べながら二人は打ち合わせを行った。
「ねえ、どんな話がいいの?」
「そうね。奇抜でシュールなんだけどどっか親しみ易くて考えさせられるようなストーリーで」
「ちょっと欲張りすぎ。イメージがわかないんだけど・・」
「うーん、あっそうだ!!その頭のことみたいな話がいい」
「私の頭?それって私の頭に起きたことを脚本にするってこと?」
「そうそうそれ!!」
 ふと坂本は籾井のことを思い出した。「もしかしたら自分も・・」彼女は心の中でほくそ笑んだ。
 
 沢海の帰宅後、坂本は脚本の構想を練った。ちょうど頭の上ではオペラ座が現れ、「トゥーランドット」が上演されていた。彼女はいろいろと考えを練ったが、そのどれもがうまくかみ合わず、彼女はいつものように創作の迷路に迷ってしまった。
「うまくいくと思ったんだけどなあ」
 そう心でつぶきながら、彼女は紅茶を注ぎに台所へ向かった。
 紅茶を入れて茶菓子のアルフォードをかじったとき、ちょうど頭の上では女性歌手がアリアの「誰も寝てはならぬ」を歌っていた。
 その時、坂本に閃きが訪れた。これまで頭の中にあったアイディアは次々と組み合わさり、彼女が今まで見たこともないような素晴らしいストーリーが現れた。頭の中でそれを確認するうち、彼女はそれを書きたい衝動に駆られた。彼女は急いで紅茶を飲み干し、パソコンの前に座ると一心不乱にキーボードを打ち続けた。
 

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