小説

『私の頭の上の話』坂本和佳(『鼻』芥川龍之介/古典落語『頭山』)


 数日後、坂本は友人の沢海(そうみ)と夕食を取っていた。沢海は20代の売れない女優で彼女の数少ない友人の一人である。
「さすがに頭の上にエッフェル塔は堪えるわ」
 夕食のお好み焼をビール片手に突きながらため息まじりに坂本はこうつぶやいた。
「富士山より嫌なの?」
「関西にね、通天閣を頭の上に乗っけて演歌歌う歌手がいるのよ。昔、双子が出てたドラマで有名になったんだけど、あれみたいで街を歩くとみんなが笑うのよ。参っちゃうわ。ホントに」
「でも、おしゃれじゃない。フランス語も聞こえるし」
 沢海は戯れに部屋の電気を消した。するとイルミネーションが輝き、坂本の頭の上のエッフェル塔が美しく浮かび上がった。
「やっぱ夜のパリは冴えるわね」
電気をつけると沢海は坂本に大きな包みを手渡した。
「何これ?」
「これ舞台で使おうと思ったけど結局使わなかったの。あげる」
 坂本は包みをあけた。そこにはちょうどイギリスのファンクバンド、ジャミロクワイのボーカル、ジェイケイがヴァーチァル・インサニティのプロモーションビデオでかぶっていたような黒い大きな帽子が入っていた。試しに被るとエッフェル塔はすっぽりと帽子の中に納まった。
「よく似合うわ。大きさもちょうどいいし」
「ありがとう」
 

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