小説

『私の頭の上の話』坂本和佳(『鼻』芥川龍之介/古典落語『頭山』)

 雑談の後、ようやく本題に入った。籾井(もみい)は坂本に頭の富士山は心理ストレスが原因だと説明した。
「昔、私も頭にゴルフ場が出来たんですよ。私、ゴルフが大嫌いでね。でも、付き合いで嫌々ながらやっていたらストレスでできちゃったんですよ。でも、今はこうしてきれいさっぱり消えましたけどね。ほら、これがそのときの写真」
 といって彼は坂本に写真を手渡した。写真には頭にゴルフ場ができた籾井の姿。彼女はそれをじっと見つめた。
「あ、頭髪が薄いのはそのせいじゃないですよ。これは前から」
「ところでこの頭の富士山はいつ頃消えるんですか?」
「まあ、人によってはそれぞれですが、早い人だと一週間で治る人もいますから。希望を持ってください」

 診察の後、帰宅した坂本はあることを思い出した。数日前、プロデューサーに打ち合わせの席でこんなことを言われたのだ。
「坂本さんの本、面白いですよ。でもね、ちょっと生真面目すぎると思うんですよね。もう少し砕けたものを書いてみてはいかがですか?」
「例えば?」
「ほら、落語にあるでしょ。頭山って。頭の上に桜の木が生えてしまう人の話。ああいうの書いてみたらどうです?」
「でも、ああいうトリッキーな話。私には合わなくて」
「そうですか?坂本さん、もっと冒険してもいいと思うんだけどなあ」

 「生真面目」という言葉は創造を生業とする人間にとってはできれば避けたい言葉である。その一件から、坂本は、自分の性格が生真面目すぎて、そのせいで作品が面白くないとコンプレックスを持つようになっていたのだった。
「私、脚本家には向いてないのかな」その晩、彼女は寝床でそう感じた。しかし一方で淡い期待も抱いていた。自分のトラウマと向き合ったことで、病状が改善されるのではないかと。

 一週間後、坂本は頭をみて仰天した。今度はエッフェル塔が立っていたのだ。
 

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