小説

『ふつうの国のアリス』汐見舜一(『不思議の国のアリス』)

「こんばんは。私はアリス」
自己紹介を済ませると、私とうさぎさんも席につき、お茶とお菓子をいただきました。
 不思議な味のするお茶とお菓子です。おいしいのですが、いままで味わったことがない味なので、あとあと誰かに説明するのは難しそうです。
「さて、本題に入ろう」とうさぎさんが言います。「不思議の国に招かれた人はね、願いを三つ叶えてもらえるんだ! だからアリス、叶えてほしいことを言ってみて!」
「え? お願いを、三つ?」
「うん! さぁさぁ、叶えてほしいことを言ってごらん!」
「急に言われても……」
私は悩んだ末に、『悩むまでもない』という結論に到達しました。
私の願いは――
「私ね、お父さんの仕事の都合で、引っ越さなくちゃいけないの。だからそれを阻止してほしい。私は、生まれた街の中学校に通いたい」
「ごめんアリス。それは僕たちの手に余る」
 うさぎさんはにべもなく答えます。
「そう……。それじゃあ、私花粉症なんだけど、治してもらえる?」
「ごめん。それも僕たちの手に余る。お医者さんに相談するのがベストだと思うよ!」
「……それじゃあ、逆に聞くけど、何なら叶えてくれるの?」
「うさぎ一匹と、変なおっさんひとりができることなら、なんでもするよ!」
 どうやら、魔法のランプのようにうまくはいかないみたいです。うさぎ一匹と人間ひとりが行えるような、現実的な願いしか聞いてもらえないのですね……。
「じゃあ、何もしなくていいよ。私は、おいしいお茶とお菓子を楽しめれば十分だから」
「そうはいきません」と帽子屋さんが言います。「それでは我々の沽券に関わります。アリス様、ぜひとも願いを三つ申してください」
 制限された願いがこんなにも苦痛だとは思いませんでした。これでは拷問です!
「うーん……」
 

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