小説

『死んだレイラと魔法使い』本間久慧(『シンデレラ』)

 社内では、コーヒーをブラックで飲む人が多いのですが、ぼくは甘党なので、砂糖もミルクも大量に入れます。砂糖が溶けきらず、ちょっとジャリジャリするくらいが好みです。

 入れすぎだ、と嫌な顔をする人や、意外ですね、と半笑いの人もいるので、一人のときにしか楽しめません。正直、ほっといてくれよ、と思います。

 ぼくは、休憩室に置いてある砂糖とミルクを、全て使い切るいきおいで、自分のコーヒーに投入しました。プラスチックのスティックでコーヒーをジョリジョリとかき混ぜながら、ぼくは休憩室の窓の外を眺めました。

 執務室の窓のブラインドは下がっていることが多いのですが、休憩室の窓のブラインドは、たいてい上がっています。高層階なので窓を開けることはできませんが、透明度の高いガラスを使っているので、開放感があります。

 その日は、とても良く晴れていました。空はどこまでも青く、雲ひとつありませんでした。ぼくは一口、砂糖とミルクでジャリジャリのコーヒーを飲みました。

 ああ、良い天気だな。そう思った、そのときです。ぼくは、休憩室の窓ガラス一枚を隔てて、とある女性と目が合いました。

 髪の長い、キレイな女性だったと思います。いまにも泣き出しそうな、優しい瞳が印象的でした。スーツを着ていたので、たぶん会社の人です。見たことの無い人だったので、同じビルの他の会社か、同じ会社の別の部署の人かもしれません。

 ぼくは、夢を見たのかと思いました。なぜなら、ありえないからです。ぼくは彼女と目が合ったのですが、実際、それは不可能なのです。どうしてかと言うと、そのときの彼女は、猛スピードで落下していたはず、だからです。

 その彼女のことは、社内のウワサ話と、翌日の新聞でわかりました。彼女は、ぼくと同じ会社の、別の部署の人でした。あの日、あのとき、会社のビルの屋上から落ちてしまった、とのことです。原因は不明ですが、即死だったそうです。
 

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