小説

『死んだレイラと魔法使い』本間久慧(『シンデレラ』)

 ぼくの会社は、いわゆるオフィス街にあります。ですので、ぼくは、たくさんの人と一緒に電車を降ります。電車のドアが開くと同時に、ぼくたちは、いきおいよく外へと押し出されます。そのときに体のバランスを取ることは、とても難しいです。

 ぼくは、なんとか大丈夫ですが、ときどき転んでしまう人もいます。転んでしまった人は、すぐに立ち上がります。そして、なにごとも無かったかのように、みんなの列に戻ります。

 周りの人に迷惑をかけないためか、恥ずかしさを隠すためか、真意はわかりません。ですが、ぼくはいつも、そんな人を、すごいな、とか、えらいな、と思います。転んでも、すぐに立ち上がること自体が、尊いことだと思うからです。

 駅から会社までは、少し歩きます。たくさんの人が、だいたい同じような速度で歩いています。まるで、みんなで行進をしているようです。

 見ようによっては、楽しいパレードにも見えます。ニコニコしている人が一人でもいたら、もっと楽しくなるのにな、と、いつも思います。

 ぼくの会社は、新しくて立派なビルの、高層階にあります。会社の入り口にはゲートがあり、関係者以外は通れない仕組みです。社員全員に特別なカードが配られます。そのカードを決められた位置にかざすと、ゲートが開きます。

 ゲートが、ガコンと機械的な音を立てて開くと、ぼくはなんだか、不思議な気持ちになります。かなしいような、さみしいような、あきらめるような、そんな気持ちです。

 そのゲートを通ると、同じ部署の人に会ったりします。そんなとき、ぼくは、にっこりと笑って挨拶をします。
 

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