小説

『桜木伐倒譚』大宮陽一(『ワシントンの斧』)

 それから三人目は、おばあちゃんもよくよくかわいがっていたミドリコ。今はまだ兵庫県加古川市加古川町大野1530にいる。もうすぐ出て来られると思うけれど、今回の葬儀には間に合わなかった。残念だね。おばあちゃんなら複雑な手続きをしなくても中に入れるだろうから、なんていう房にいるのかまではわからないけれど、割と自由にしているようだから、刑務作業の合間にでも声をかけてあげてよ。
 それから四人目はハラのねえちゃん。ねえちゃんがどこにいるのか知ってる人はたぶん近親者にはいないと思う。ハラのねえちゃんについては先にそちらに行って人間世界を見下ろしているおじいちゃんにでも聞いてほしい。おじいちゃんなら何か知っていることがあるかもしれない。

 今、ざっと紹介した通り、今日ここに来られなかった孫はたしかに四人だ。つまり、残る七人はここにいることになるね。それに僕を除けばみな地元だ。おばあちゃんも勝手知ったる町のことだから、ここでは六人の住所は割愛させてもらいます。
 それで、ここからは東京に出させてもらっている僕の話だけれど、僕はここで話をさせてもらえるから、一応話してしまえることは今日ここですべてしてしまおうと思う。それでもなにかあったらオヤジを通して連絡をくれたらいい。四十日と九日以内に必ず対処します。時間を守るのは僕の得意中の得意だよ。
 さて、おばあちゃん。
 僕には睦子ばあちゃんについていくつかの印象的な思い出があるわけだけれど、そのなかのひとつを今日は話させてもらいます。

 昨日と今日の違いもわからず、明日も今日の一部であって、昨日は少し手が届きにくい時間というぐらいにしか理解がない年頃のことだから、たぶん今から三十年ぐらい前、僕がまだ三歳か、四歳の頃のことだと思う。ちょうどその頃、おばあちゃんは高血圧に悩まされていて、いつも病院に通っていたよね。
おじいちゃんに車に乗せられて、針治療をするために山奥にある鍼灸院まで泊りがけで行っていたでしょう。
 

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