小説

『花簪』神津美加(『瓜子姫と天邪鬼』)

「何だよ、これ」
「今日、一緒に遊んでくれたお礼」
「はあ?」
「私が木から落ちたばっかりに、貴方は楽しめずに怒っているんでしょう? 本当にごめんなさい。でも私を誘ってくれたのは本当に嬉しかったの。だから、そのお礼」
 可愛らしい小さな造花の簪だ。
「これ、あげる。だから、これからも私と遊んでくれない?」
「……あんたは、アタシのこと嫌じゃないのかよ?」
「どうして?」
 天邪鬼はむず痒い気持ちを覚えて、終いには瓜子と目を合わせられなくなった。
 いっそのこと、この簪を目の前で叩きつけて「あんたなんか大嫌いだ!」と叫んでやれば、この鈍い女もこちらの気持ちを分かってくれるだろう。
 しかし、瓜子の無邪気な顔を前にして、天邪鬼はそうすることが出来なかった。黙って簪を奪うように受け取ると、そのまま山へ逃げ帰った。

 月日は流れ、桜が舞い散る頃。瓜子がお嫁になる日が来た。
 村一番の美しい娘がお殿様のお嫁となるので、誰もがえんやわんやと浮かれまくり、めでたいめでたいと笑顔で言い合った。
 そんな中、天邪鬼は面白くなさそうな顔で木の枝に座っていた。木の枝をぽきんぽきんと折っていると
「よう」
 顔なじみのカラスが声をかけた。
「どうして、そんな苦虫を噛んだような顔をしているんだ」
「当然だろ。いけ好かないあいつの婚礼の日なんだ」
「素直じゃねぇなぁ。本当は心から祝っているくせに」
「まさか」
 天邪鬼がぷいと目を逸らした時、村のふもとで歓声が一際大きくなる。
 途端、今まで木の枝で座っていた天邪鬼はすっくと立ち上がり、身体を前のめりにして、食い入るように村のふもとを見下ろした。
 舞い散る桜の花弁の中、白無垢姿の瓜子が神輿に運ばれているのがはっきり見えた。
 瓜子が不意に顔を上げ、微笑を浮かべる。

 

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