小説

『花簪』神津美加(『瓜子姫と天邪鬼』)

 いきなり見知らぬところからやってきた者が、当たり前のように、あの二人の元で一緒に暮らしているのが気に入らなかった。
(そうだ。あの子に悪戯してやればいい)

 思い立った天邪鬼は、老夫婦が不在の頃を見計らい、家の前に立つ。
 中からカタカタと機を織る音と、少女の歌う声がした。綺麗な透き通るような声だった。聞き惚れそうになり、天邪鬼は身震い一つ、頭を横に振る。
 扉をトントンと叩く。機を織る音が止まった。
「どなた?」
 中から、鈴のような小さな声が聞こえた。
「山からあんたに逢いに来たんだ。ねぇ、アタシと一緒に遊ぼうよ」
「……ごめんなさい。遊びには行けないわ」
 申し訳なさそうな声が返ってくる。「それなら、顔だけでも見せてくれないか」と頼んだ天邪鬼だったが、それでも相手は渋るばかりで扉を開けようとはしなかった。きっと、お爺さん、お婆さんに外に出てはいけないときつく注意されているのだろうが、天邪鬼は中々扉を開けてくれない瓜子にやきもきした。
「じゃあ、少しだけでもいいから開けてくれないか。せっかく、逢いに来たのに顔一つ見せないで追い出すなんて酷いじゃないか」
 そう寂し気に呟いてみせると、扉の向こう、戸惑うような気配が伝わった。そして
「少しだけね」
と扉が少しだけ開く。しめたと天邪鬼はその隙間に指をかけ、思い切り横に開けた。
「あっ!」と少女が驚いた声をあげる。まともに視線がぶつかり、天邪鬼は思わずたじろいだ。
 瓜子が可愛いという噂は聞いていたが、誇張混じりのでたらめだと思っていたのだ。しかし目の前に立つ少女は、ふっくらと紅い頬に、ぱっちりとした大きい瞳、つややかな黒髪に簪をつけた、噂に違わずの可愛い成りをしていた。
 瓜子は大きな目をまあるく見開いて、何も言わずに天邪鬼をじーっと見つめている。
「あんたが、瓜子だね?」
 目の前の少女はまだ驚いているのか「え、と、あの……」と視線を泳がせ、「そうよ」とぎこちない笑みを浮かべた。
 

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