小説

『鶴田一家』宮原周平(『鶴の恩返し』)

 そうして、58歳でやっと運命のパートナーと巡り合った。振り込め詐欺にあった話も妻と笑い話にできた。慎ましくも二人の生活は幸せだった。
 東京を雪が埋め尽くしていたある日、子供が玄関の戸を叩いて叫んでいた。
「つるたさーん、いーまーすか?」
 玄関を開けると小さな色白の可愛らしい男の子が立っていた。
「つるたさんちですか?」
「はい、そうだけど。どうしたの、ぼく?」
後ろから子供の母親が出てくる。
「突然すみません。鶴田 正信さんのお宅ですか?わたし、田宮 佳奈と申します」
「はぁ、どのような御用件で?」
「電話で田鶴駅から急行で1駅っていうのを覚えてて、それと銀行の振り込み名でもしかしてと思って探しました。今は真面目に働いて子供と二人で何とかやってます。」
 突然のことで少し固まってしまった。よく見ると雰囲気はだいぶ変わってしまったがあの時ファストフード店で見た女性だった。
「あれ?お父さん、レイナって覚えてない?娘だから、鶴田レイナかな?」
「も、もちろん、覚えているよ」
「あの時は、ありがとうございました。最初に振り込め詐欺で電話したのがお父さんで良かった。あれからすぐ止めました。それで、だいぶ遅くはなったけど恩返しにきました。とりあえずただのお茶菓子と孫の顔見せに」
 とお茶菓子を差し出すと、後ろで事情を察した妻が中に招き入れてお茶を出した。
 それから、その4人で居間に座りいろんな話をした。そこでは、あの時できなかった共通の過去の思い出を語ることが少しできた。レイナの子供は、自分で持ってきたヒーローの変身グッズで夢中に遊び、ひょうきんな妻はそれに付き合い、レイナは申し訳なさそうに笑い、私はそれを台所の換気扇の下でタバコを吸いながらただただ眺めた。その光景は私がいつか夢に見た家族のようだった。私にとってこれ以上の恩返しはない。

 

1 2 3 4 5 6