小説

『長靴を(時々)はいた猫』福井和美(『長靴をはいた猫』)

「手下だって? 冗談じゃない。魔女はおれたちをこの家に軟禁しているんだ。いつでも好きな時につかまえて、なべに放り込んだり、魔法の実験台に使ったりできるようにね」
「実験台?」
「そうさ。今までどれだけの仲間たちが、魔法でいも虫やクモの姿に変えられたりしたことか。おれたちは、魔女の手にかかるのを ここでじっと順番待ちしているようなものさ」
「ここから、逃げられないの?」
「無理だね。何度もためしてみたけど、結局大勢の仲間をなくして、自分の死ぬ順番を早めただけだった」
 トラはしばらく考えてから、こう言いました。
「もし、魔女が大きなケーキに姿を変えたら、きみたちみんなで、食べることができるかい?」
 とたんに、野ねずみたちは「キキー、チチー、キキー」と大さわぎ。
「ケーキは大好物さ。粉ひとつ残さず、食べつくしてやるよ」
 そこへ魔女がもどってきました。野ねずみたちはサッと散らばり、あちこちの物かげにかくれました。
「さあ、なべのしたくができたよ。楽しみだねえ」
「ねえ、魔女さん」
 トラはできるだけ哀れっぽい声で言いました。
「ぼくを食べたいなら、食べていいよ。でもその前に、ひとつだけお願いをきいてほしいんだ」
「ほう、なんだい?」
「ぼくのご主人様は、腕のいいパティシエでね。味はもちろん、見かけもそれはきれいで美味しそうなケーキを作るんだ。あ、でも魔女さんはケーキなんて知らないよね」
「ふん、バカにするんじゃないよ。私は時々あのホテルに忍び込んで、色々なケーキを食べつくしているんだからね」
「へえー、そうなの。じゃあ魔女さん、大きなチーズケーキに変身することはできる? ぼく最後に、ケーキをながめて、ご主人様を思い出しながら死にたいんだ」
「なんだ、そんな事かい。朝飯前さ」
 言うなり、魔女はクルリと回転して、大きな大きなチーズケーキに姿を変えました。
 次の瞬間。トラは大声でさけびました。
「よし、今だ! みんな、かかれー!」
 たちまち、四方八方から野ねずみたちが飛出し、ケーキに食らいつきました。見る見るうちにケーキは食べつくされ、ほんの五分たらずで、あとかたもなくなってしまいました。
「あんたのおかげで、自由になれたよ」
 一匹の野ねずみが、鋭い歯で網を破ってくれました。トラは思いきり背中をまるめ、それから大きくのびをしました。
「みんな、ありがとう! 今度、ご主人様の美味しいお菓子をごちそうするよ」
 トラは長靴を取り戻し、急いでホテルへとむかいました。
 

1 2 3 4 5 6