小説

『メロスの友』米山晃史(『走れメロス』)

「さぁ、心の準備はできたか?」
 日も傾きかけ、次第に強まる西日に照らされた街を眺めながら、王はセリヌンティウスに問う。
「……」
 セリヌンティウスの心はすでに決まっている。メロスが来なければ、このまま彼の身代わりに死ぬ覚悟は出来ていた。だが、問題はメロスが戻ってきた場合だ。彼がこのシラクサに帰ってくれば、当初の予定通りにメロスが処刑されてしまう。それだけは決してあってはならない。どうか戻らないでくれと、セリヌンティウスは心の中で願った。
 夕日によって真っ赤に染まった刑場では、多くの群集が哀れな石工を見守り、その友がやってくるのを待っていた。すでに柱は立てられ、犠牲者が吊り上げられるのを今や遅しと待ち望んでいる。その太い柱を見上げながら、これにアンティアの姿を掘ったらどれだけの物が作れるかと、セリヌンティウスは考えた。
「最後に何か言い残す事はあるか?」
 王に尋ねられ、彼は迷った。メロスに何か言葉を残すべきか。このままアンティアへの思いを秘めたまま死んでいいのか。しばらく考えた後、セリヌンティウスはただ無言でかぶりを振る。
 徐々に吊り上げられながら、セリヌンティウスは、沈みゆく太陽を見た。なんて美しいのだろう。最後の時を迎えるのにこれ以上ふさわしい光景はない。満足し、瞳を閉じる。
「殺されるのは私だ、メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」
 その言葉に思わず目を開く。目の前にいたのは、まぎれもなくメロスだった。彼はセリヌンティウスの足にしがみつき、ボロボロの体で声を張り上げている。
「ああ、メロス……」
 

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