小説

『観音になったチューすけの話』入江巽(狂言『仏師』)

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一、二〇一五年一月十八日(日)、成人の日、午前九時二十分ごろ、京都は三十三間堂で千手観音のひとりが思うていたこと

 いま、観音です。

 千手観音としての使命感あるので、眼をあけることができん。言うても、大阪は心斎橋の三角公園、日ごと夜ごと現れる名物男、スタチュのチューすけと俺は言われとるので、思ったよりうまく化けられとるんやろか。観音になって一時間くらいたったよな気がする。すぐにばれると思ったのに、そうでもない。

 大きさ、わりとぴったしなせいか。
 ほかの千手観音、つまりホンモノのみなさん、台座を含めずの大きさはだいたい一・六メートルから一・七メートルくらい、俺の生身は一・七メートルちょうど、その意味ではうまくまぎれとる。でもよく見れば、やはりなにか違和感を抱くのではないか。みなさんちゃんと観音見てますか、よう見てください、へんなのひとつ、居ませんか。
 俺はいま重要文化財の一部、みんな、ありがたがいもんらしいから見せてもらお、そういう心づもりで来よる。よって、本質が見抜けんのちゃうか。
 耳に響くよく通る声、二十歳くらいの女の子は京都弁、「いっこだけ、なんだか新品みたいな雰囲気の観音さん、いたはるなア」、ええ感性しとる結婚しよう。
 お母さんらしき人の声、「ルリちゃん、あれ修復されたばっかりの観音さんやで、きっと」、違います、それは俺、ニセモノなんです。ルリちゃん言うのんか。ルリちゃん俺もうすぐ動くよお楽しみに。
アホなことばかりさっきから思うているが、ばれること、それが俺とヒロキがこれから起こそうとする騒ぎのキモなんやから、はよ誰かもっと本質的なことに気づいてくれんと、実際困る。かえって手持ち無沙汰、おしっこしたなってきた。
 こうしてスタチュしとるときに尿意を覚えるのはあまりないこと、高校出てすぐにはじめたキャリアはもう七年、慣れたもんやし、俺のスタイルは長時間の静止にこそある。今日これから起こそうとする騒ぎの行き先はきっとはじめての逮捕やけど、そんなもん芸のコヤシと、もとから気にしてない。
 「スタチュ」というのは大道芸の一種、その名が示す通り、からだを白く塗ったりして、動かんようにして、彫刻のマネなどするパフォーマンスのこと。彫刻人間ですわ。見たことある人もおるやろ。俺、思えば十八の頃から、この芸にひたすらに魅入られてきた。なにがそこまで俺を突き動かしてきたのか。

 

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