小説

『恥の心』伊藤祥太(『恥』太宰治)

 という二通の手紙が私の目に留まった。いや、二通同時に見つけたわけではない。二通目の方を読んで、大量の手紙の山から、同じ柄の封筒に入った一通目を見つけだしたのだ。一通目を読んでみると、なるほど確かに一度読んだことがあるような気もする。しかし、このタイプの手紙はよく貰うので、もしかしたら他の手紙と混同しているのかもしれない。
 しかし、二通目は凄まじい。きっと新刊を読み終えて、夜中に書き上げたのだろう。青少年諸君には強調して申し上げておきたいのだけれど、夜中に書き物をするのは結構、しかし朝になったら必ず読み直した方が良い。夜に本能で書き、朝に理性で整える。これはどこでも応用の利く技だから、覚えておいて損はない。
 さて、私はこの少年の誤解を解かなくちゃいけない。消印を確認してみれば、最初の手紙が投函されてから二通目の手紙を投函するまでに、間が一カ月しかない。そんな短期間で長編を仕上げることができるはずないなんて、少し考えれば分かると思うんだけど。あの作品には、構想段階から数えれば五年の歳月を費やしている。デビュー前から書きたかった作品なんだ。あんな手紙に影響されて書き始めたわけじゃない。
 登場人物の境遇が似通っているのも全くの偶然だ。全国に高校二年生が何人いると思っているんだろう。パッとしない高校生も、幼馴染みに恋している高校生も、全然珍しくなんかない。作家に本気で恋心を抱いている馬鹿は珍しいかもしれないけれど、私のところに届くファンレターを見ていると、一定数は勘違いしている人たちを見つけることができる。
 そして、私の小説の主人公である中山君と同じ姓を持った少年は、最も重大な勘違いをしでかしている。
「ちょっと!」
 手紙を持って考えていると、仕事場の扉が開いた。返事を書いて誤解を解いてあげるべきかどうか考えていた私は、びっくりして身体をぴくんと震わせた。私のパートナー。結婚したのは去年のことだ。もしかしたら丁度、中山君が私の本を読み始めた頃じゃないだろうか。籍を入れただけで式は挙げていないけれど、どっかのサイトには私が既婚者であることくらい載っているはずなんだけど、どうして調べないんだろう。
「何? どうしたの?」
 声に棘があるのを感じ取っていたので、刺激しないよう、にこやかな顔をして振り向いた。こんな風に、私はよく怒られる。おっちょこちょいなのだ。いつも子どもみたいな失態をやらかす。そして、この人も私のことを母親みたいに叱る。
 今度は何をしたのだろう。風呂場の電気は消したし、今日は間食してないし、犬の散歩当番は私ではないし、だとしたら……。
 思い出す前に、より一層棘のある声が飛んできた。
「何度言ったら分かるの? 掃除するの大変なんだから、トイレは座ってしてよね!」

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