小説

『生贄は不要』広都悠里(『みにくいあひるの子』)

 一週間で中村亜里沙は学校へ来なくなった。わりと早かったな、思ったより根性なし。さあ、次はどうしようか。新しい面白いことを探さなきゃ。あたしはぼんやりと教室を見回し、なんとなく爪で机を叩いていた。かつかつかつ。妙に教室はしんとしていてあたしの指先から出るいらだった音に、群れた女子が怯えた目をしている。ぱん、わざと大きな音を立てて立ち上がると大股で廊下へ出て行った。ふん、みんなバカばっかりでつまらない。ドアを閉めたとたん聞こえてくるひそひそ声を爪先立ちのまま背中で聞く。
「少しは気にしているんじゃない?」
「だよね。遥香、やりすぎ」
 あたしがいじめていいよって、ぽいしてあげた中村亜里沙をよってたかっていじめたのはあんたたちじゃない。あたしはそれを笑って見ていただけ。あなたたちだって本当は欲しかったんでしょう?だからあたしは選んで、わかりやすく生贄の印をつけてあなたたちに与えてあげた。なのにたいしたショーもできずに、なかったことにしたい、全部遥香のせいだから、なんてずうずうしすぎる。
「亜里沙の前は香菜絵だったよね」
「香菜絵はちょっと前から学校には来ているけどまだ保健室登校でしょう?」
「遥香ってよく平気で学校に来れるよね」
「マジ、怖い」
 勝手に怖がってろ、面と向かって言う勇気もないくせに。まあ、言ったら許さないけどね。
 笑いかけて少しほめてあげて、ちょっとしたことで大げさに驚いたふり、そんなことで簡単に油断してさらけだす。そのうちに相手の弱さが透けて見える。ああ見つけた、頭のてっぺんから爪先までつきぬけるような「やった!」という気持ちでその時あたしは心からの笑顔になる。
「どうしたの?」
「ううん、あなたって本当に面白いね!」
 あたしはより大きなダメージを効果的に与える方法を考え始める。ほんの少しでも妥協や同情をしたら自分への反撃に変わるから徹底的に壊す。
 心も頭も体もフル回転。思った通りの反応、なんてたやすくみんなあたしが思った通りのことを言い、実行するんだろう。
 友達を裏切り、好きだった相手を憎み、崩れる。一度壊れ始めるとなんて簡単であっけないんだろう。達成すると同時に失望、もういらない、用がない。ゲーム終了、あとはお好きにどうぞ、って感じ。
 人並みの頭と顔とスタイル、一度会ったぐらいじゃ印象も残らないようなぱっとしないあたしだけど、群れる友達もいらないし、気になるほどの男の子もいない。となれば次に何をする? 屋上へしのびこんで空を見上げて深呼吸、なんて趣味は持たない。最後の力をふりしぼって誰かが全力であたしを突き落としに来ないとは限らない。あたしだってそのくらいの危機感は持っている。
「遥香はクラブ活動をしないのか?中学の時は卓球をやっていたのに」
「才能ないってわかったから」
 そう答えると父親は驚いた表情を作った。
「そんなこと、まだわからないだろう」
「わかるよ」
 ああ、父親もばかだ、とその時うんざりした。がんばってそこそこの成績をあげたって何の意味もない。オリンピックへ行けるほどの才能があれば、朝から晩までそのためだけに生きてもいい。たいした成果が出ないとわかっていることにがんばったって人生の効率が悪いだけだ。

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