小説

『人魚に恋した少年』小山遥(『人魚姫』)

 俺は、客人と使用人という彼女との関係が、早く変わればいいと思っていた。結婚式が終われば、小さな一歩を踏み出してみようと思った。……そんな問題ではなかったのだ。彼女にとって、王子と結ばれる以外の選択肢など無かった。城に来たときから既に、彼女の未来は、恋を叶えるか、自分が泡となって消えるか、それだけだったのだ。
 そして今、別の未来が彼女の前にある。自分が泡となって消えるか……人魚としての自分も、声も捨てるほどに想った相手を自分の手で殺すか。
「なんて話だ……」
 俺に出来ることがあるなら、何でもしたかった。けれど、俺の入る隙など最初からどこにも無かった。彼女の命がけの恋の前には、俺などあまりにも無力だった。
 その後のことは、あまり覚えていない。よろめきながら元の場所に戻って、ひたすら釣りをしていた気がする。頭が思考を拒否しているようだった。
 俺が我に返ったのは、空が白み始めたころだった。朝日が目に差し込んで、止まっていた俺の脳みそを掴んで揺さぶった。
「……彼女は!?」
 釣竿を投げ捨てる。彼女を探さなくては。
 俺が駆けだして間もなく、彼女は見つかった。
 昨日と同じ場所で船べりに立っている。その胸には、ナイフを抱いていて……その刃は、人の血など微塵も知らぬ様子で、銀色に光っていた。俺は、彼女の選んだものを知った。彼女は静かに泣いていた。
 そして、俺が駆け寄るより早く。たん、と船べりを蹴った。彼女の姿が海に消える。
 俺は叫びながら駆け寄った。海をのぞきこむ。
「……!」
 海の中。無数の泡が、虹色にきらめいて、はじけて消えていく。反射的に海に向かって手を伸ばしたが届くはずもなく、
「……く……」
 彼女は俺の目の前で消えていった。虹色の泡になって――
「ん……?」
 不意に、一つの可能性が頭に浮かんだ。いや、しかし……。
 確かめるために、俺は口を真一文字に結んで、船室に戻った。使用人仲間が雑魚寝している部屋に入り、あのうろこの小瓶を探した。

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