小説

『故郷』智子(『放浪記』林芙美子)

* *
 その晩、私は友人の家に居た。
 なんと、親からの仕送りの中に入っていた、友達の故郷の名産の地鶏鍋セットを夕食として振舞ってくれるというのだ。
 このありがたい提案を断る手はない。そして、私も友達も話したいことや聞きたいことがいっぱいあった。
 この10年何をしてきたかとか、この10年私たちが住んでいた街はどう変わったのか、そしてどのようなことを考えて暮らしてきたのかをずっと話し続けた。
 そして地鶏の鍋は非常に美味しかった。鳥がとろけるように美味しいだけではなく、だしだって鳥のスープがよく出てて美味しい。私が住んでいた街は、こんな美味しいものを作っていたのか。確かに鳥が非常に美味しい街だったと記憶しているけども、その鳥で作る鍋がこんなに美味しいとは知らなかった。
 これは地元の人なら誰でも知っている、地元に伝わる家庭料理のレシピを元にして作っているらしい。通りで、私がこの美味しさを知らなかったわけだ。
 そして、友達の話を聞きながら、あの街は10年後になっても、あのまま平和な街だったのだろうということがわかった。その話を聞いていると、何も変わらないあの街の風景が頭の中で広がって、何処かほっとする自分がいる。
 それを聞きながら、故郷に帰るってこんな感じなのかなあと思った。
 故郷に帰ると、何も変わらない慣れ親しんだ風景が広がっていて、それらを見ているだけで心の底からほっとしてくるのだろう。
 私も親がいる家に行った時も、ちょっとほっとしてのんびりできるけどそれとはちょっと違うのだろう。確かに実家に行ってお母さんの料理を食べながら、一家団欒するのもほっとするけども、実家は私にとって知らない場所にあるし、家の間取りも違う。いつも新しい発見や驚きをして、一人暮らしの家に戻るのが実家に行った時の、定石である。
 「故郷があるっていいねー」
 と思わず声に出してしまった。
 「でも、私たちの街も故郷と言っていいやん!」
 友達はそうにっこり言った。そしてデザートのよく冷えた夏みかんゼリーを差し出してきた。懐かしい!これは私がその土地に住んでた時によく食べてた、大好物のゼリーである。お母さんによくねだって買ってもらった、夏みかんがたっぷり入ってるゼリー!

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