小説

『故郷』智子(『放浪記』林芙美子)

 そんな私に、故郷の特徴を一つ取り上げ、それを紹介しなさいというレポート課題は過酷である。一瞬、この科目の履修を取り消すことも頭に過ぎった。しかしながら、調べてみたら履修を取り消せる期間は過ぎていた。私は成績表をなるべく良い成績で埋めたい主義である。留学をしたり、イベントに参加したりするときに、良い成績表というのはなにかと便利であることを私は知っている。だから、私はこのレポートにも最善を尽くして、なるべく良い成績をキープできるようにしなければならない。
 さて、何を書こうか。それが定まらないまま私は大学図書館に入る。いつもならば、明確に探す本のイメージができてから図書館のゲートを通るのに。
 しかし、それが明確に定まらなくても大体私が行くべき場所はわかる。図書館の地下書庫に行けば良いのだ。この図書館で一番静寂と本が支配している場所。昔、地下書庫で探し物をしていた時、郷土資料がたくさんある棚を見つけた。そこの棚の本から、面白そうな事実がある、住んだことある街を見つけ、その街を”故郷”としてレポートを書くしかない。
 そして私は郷土資料がある棚をぱっと見る。何個か見覚えのある、一度は自分の住所だった土地の名前を見る。そしてと或る土地の名前が目に入る。
 この土地は小学校入学時に住んでいた土地である。私は、この土地が好きであった。居た期間はそこまで長くないし、住んでいたのは、ずっと昔だから故郷とは思えないけども。小学校入学時からそこに居た所為か、私はこの土地にいる間、転校生というレッテルを貼られ、異様な目で見られる事もなく、のびのびと過ごす事が出来た。そしてクラスメイトも心の優しい人が多かった印象がある。私の部屋の押し入れには、過去、転校する度に貰った、餞別の言葉が書いてある寄せ書きが放り込まれているのだが、この学校の寄せ書きからは、本当に一人一人が別れを惜しんでくれている事が伝わった。他の学校のは、なんだか大袈裟すぎたり、ただお決まりの言葉を嫌々書いているような、気持ち悪い白々しい言葉の羅列が書かれたものが多いのだけども。
 そんなことを思い出しながら本を手に取ろうと手を伸ばす。
 すると、横からコツンと何か本以外のものが手に当たった。なんか肌色のもの。
 「あ、すみません」
 よく見たら、その肌色のものは手だったらしい。
 そしてよく見ると横に人が居た。
 どうやら私はこの人と同じ本を手に取ろうとしていたようだ。

1 2 3 4 5