小説

『故郷』智子(『放浪記』林芙美子)

 「あなたの故郷の特徴を一つ取り上げ、それを紹介しなさい」

 いつもならば、レポートなんてスラスラ書ける。レポートの方針を頭の中で立て、それを元に図書館で参考文献や論文を見つける。その情報を自然と頭の中で整理したものをアウトプットする形で文章にすればレポートが完成する。
 しかしながら、この課題には参った。「あなたの故郷の特徴を一つ取り上げ、それを紹介しなさい」という課題には。
 おそらくこのレポートを出した教授は、学生に親しみを覚えてもらうような課題を出したつもりなのだろう。
 この大学は、この地域ではとても有名な大学である。そして、地元愛の強いものが多い大学としても有名な大学である。この大学に合格できるような人は、たいてい東京等の大都市の有名大学に十分進学できるような成績の持ち主であることが多い。それなのにわざわざ辺鄙な場所にあるこの大学を選ぶというのはよほどこの土地が好きでないと出来ないことである。よって、この大学の中では、故郷の話題になると、生き生きとする生徒がほとんどである。故郷の名産品、故郷の訛り、故郷の美しい観光名所、それらはどんなに無名の土地でも、その土地が故郷である友達から聞いたら、とてもとても魅力的な土地に思えるから不思議である。
 しかし、私には故郷と思えるような場所はない。私は幼い頃から、親の仕事の都合で色々な土地を転々とする人生を送ってきたのだ。どこにいた期間も短いため、どこが故郷かと言われても分からない。無理やり生まれた場所や、少しだけ長く滞在した場所を故郷といっても、どうしても白々しい言葉になってしまうことを感じる。この大学に来たのは、他の人のように地元が大好きで、地元からあまり離れずに良い大学に行きたかったとかそういう理由ではない。私は、ただ、この大学に学びたい学科があったことと、この大学に合格することで、祖父を始めとする親戚が喜んでくれる顔を見たかっただけである。祖父はこの大学がある県の出身である。幼い頃、私が初めてこの大学に行きたいと言った時、とても喜んでくれた。それ以来、勉強する様子をニコニコと見守ってくれたり、勉強に疲れた時には、美味しいお菓子をくれたり、おいしいものを食べに行ったりしたのである。それが嬉しくて、もっとおじいちゃんを喜ばせるためにも、私はこの大学に進学することに決めただけだ。
 だからいつも友達と故郷の話になった時、私は曖昧に笑いながら、聞き役に徹する。だって、私の故郷と言われても、何処か分からないし、友達みたいに、それを魅力的なように話せる自信もない。
 まあ、その代わり、他の友達みたいに、故郷に帰りたいと思うことがないのだから良いのだけども。

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