小説

『ルンペル』田中りさこ(『ルンペルシュティルツヒェン』)

「まさかこんな長い付き合いになるとはな」
 ルンぺルが呟きと同時に、沙織のお腹の音が鳴った。
「嫌だ。こんな時に」
 顔を赤くする沙織を見て、ルンぺルがぱちんと指を鳴らした。沙織の前に、白い湯気の出たラーメンが現れた。
「だめよ。私、あなたにあげられるもの何も持っていないもの」
「いいんだ。…最後に会った時、君から先にもらったから」
 ルンぺルの言葉に「だって、初めて会ったのに」と沙織が呟いた。ラーメンを食べ終わった沙織にルンぺルは言った。
「もし俺の名前を言い当てることができたら、なんでも望みを叶えよう」

 ラーメンを食べ終わった沙織は、「おいしかった。とても」と言って、ルンぺルときちんと向き合った。
「夜明けまで時間がないわ。ここにある毛糸をすべて金に換えてほしいの」
「けれど、そうするには…」
「あなたの名前は、ルンペルシュティルツヒェン」
 ルンぺルが黙ったままなので、沙織はもう一度言った。
「ルンペルシュティルツヒェン。違う?」
 ルンぺルはあっという間に毛糸を金に変えた。それが答えだった。沙織はすやすやと眠る赤ん坊を抱き上げて、ルンぺルに差し出した。
「この子を連れていって。前に金を作ってもらった時、そういう約束だったでしょう?」
 沙織は赤ん坊を差し出した。ルンぺルが口を開く前に沙織は言った。
「私の魂をあげる。だから、これからずっと一緒にいて」

朝になると、男は部屋に駆け込んだ。男は部屋いっぱいの金に駆け寄った。金を手に取った男は「これで助かる」と呟いた。
「おい、どこだ、どこにいるんだ?」
男は我に返り、妻と赤ん坊の姿を探したが、二人の姿はどこにも見当たらなかった。それから、沙織と赤ん坊がどこにいったのか、誰も知らない。

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