小説

『ルンペル』田中りさこ(『ルンペルシュティルツヒェン』)

夜が来ると、いつものようにルンぺルは現れ、こう言った。
「さあ、最後の仕事だな」
 沙織はルンぺルをにらみつけた。
「あなたの仕業でしょう? あの男が結婚だなんて言い出したのは」
 黙ったままのルンぺルに沙織は怒りをぶつけた。
「私そんなこと頼んでない。絶対あんな男、好きにならない。それに、毛糸を金にしようにも、今度こそ、もうないから。あなたにあげられるもの」
 ルンぺルは静かに言った。
「お前はあの男と結婚する。その男と結婚して、生まれた子供を俺にくれ」
「結婚して、子供? そんなの断るに決まっている。金欲しさに父の命を取るって脅すような奴よ」
 沙織はため息をついて、頭を抱えた。
「それに私、私は」
 ルンぺルはそんな沙織を見ても、表情一つ変えなかった。
「けれど、彼は力があるし、金持ちだ。それに何より、人間だ。君を幸せにできる」
 沙織は唇をかみしめた。そして、声を振り絞るようにしてこう言った。
「ねえ、知ってた? あの時の編み掛けのマフラー、ルンぺルにあげるつもりだったんだよ」
「大丈夫。すべてうまくいくから」
ルンぺルは沙織に顔を近づけて、沙織にくちづけをした。沙織は急な眠気に襲われ、瞼を閉じた。
 朝になると、いつものように男が部屋を訪れた。男は金には見向きもせずに、沙織の下へ駆け寄った。男は跪くと、早織の手を取った。
「どうか結婚してくれ」
沙織はルンぺルのことを何ひとつ覚えていなかった。ただ目の前にいる男に胸をときめかせていた。男の求婚に沙織は首を縦に振った。

二人は結婚し、一年後には子供が生まれた。
「よしよし、いい子ね」
沙織が生まれたばかりの赤ん坊をあやしていると、夫になった男が慌てた様子で帰ってきた。
「ねえ、あなた、顔色が悪いみたいだけれど」
 男は沙織の腕をつかんだ。
「痛い、やめて」
「おい、これを金に変えるんだ」
 男は袋いっぱいの毛糸を沙織に押し付けた。
「金? これは毛糸じゃない? 一体何の冗談?」
 沙織が困ったように笑うと、男は怒鳴った。
「しらばっくれるな。お前ならできるだろう」
 男の怒鳴り声に赤ん坊が泣きだした。
「泣いちゃったじゃない。できないものは、できないわ」
「株で失敗したんだよ。大損だ。このままじゃ、会社が危うい。この家だって失うんだ。とにかく、お前の力が必要なんだよ。頼む」

1 2 3 4 5 6 7 8