小説

『ルンペル』田中りさこ(『ルンペルシュティルツヒェン』)

 翌朝、沙織が目覚めると、ルンぺルの姿はなかった。部屋の扉が乱暴に開けられ、男の笑い声が部屋に響いた。
「笑いが止まらない。本当に金だ」
 男は金を手に取ると日の光に照らした。
「すばらしい」
 金に見とれている男に沙織は言った。
「もういいでしょう? 私と父を家に返して」
「家に帰す? 君のお父さんの借金はどのくらいだと?」
 男は部屋の扉を閉じて、言った。
「こんなものじゃ、全然足りない。後で、食事と毛糸を届けさせよう」

 その夜、昨夜よりも増えた毛糸を前に沙織はただ座り込んでいた。
「毛糸を金に変えようか」
 沙織はルンぺルのことを見向きもしなかった。
「どうして現れたりするの? どうして助けようとするの?」
「どうしたんだ?」
「ルンぺルだって分かっているんでしょう。こんなことをしても、無駄よ。あの強欲な男は私を一生ここに閉じ込めて、金を作らせることだってできるのよ」
 ルンぺルが何も言わずに立ち尽くしていると、沙織は泣き崩れた。
「分かってる。あなたにこんなことを言っても、意味がない。あなたはいつだって私のためにしてくれているのにね」
 沙織はポケットから小袋を取り出した。その袋から、シルバーの指輪を取り出し、ルンぺルに手渡した。
「この指輪。これは母さんが家を出る前に家に置いていったの。これで、毛糸を金に変えて」

 朝が来て、部屋を訪れた男は金を目の前にして高笑いした。
「面白いものだ。毛糸が金に変わるとは。石油王とはこんな気持ちなのか」
 男は沙織に手を伸ばした。沙織はその手を振り払った。
「お前、私と結婚しないか。そうしたら、金はもう作らなくてもいい」
「何を言っているんですか?」
「自分でも不思議だ。私は君に一目ぼれをしたようだ。とにかく一晩よく考えるんだな。結婚かここで金を作り続けるか」
 男は扉を閉じて出ていった。

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