小説

『凸凹仲間の新たな挑戦』春日あかね(『ブレーメンの町楽隊』)

 「しかし・・・」一瞬ためらった。と、その時、一枚の新聞紙が風に吹かれて呂端(ろばた)の足元に舞い降りてきた。目をそちらにやるや否や、その記事に釘付けになった。その記事にはこう書いてあった。

 「繁座(はんざ)市、歌のコンクール最優秀歌唱賞!古希(御年70歳)男性受賞!『繁座(はんざ)に来て2年、こんなに早く賞が取れると思っていなかった』と語るのは今年70歳になったばかりの加藤さん。数年前に会社が倒産し、幸せな生活から一気一転した。しかし、そんな中でも唯一支えとなったのは、音楽だった。音楽で何かできればと思い、繁座(はんざ)へ移住し、本格的に音楽活動を始めた。『音楽のできる環境がある繁座(はんざ)に感謝しています』と満面の笑みを浮かべ、『この頑張りが悩める人々全ての励みになれば』と熱く語ってくれた」

 呂端(ろばた)はふと若かりし学生時代のことを思い出した。ある夏の日、肩にギターを抱え、わずかばかりの所持金の入った袋を片手に、繁座(はんざ)へ行った。街の中心で、路上ライブを行い、いくらか稼いだ。懐かしいあの日々。スカウトマンに声をかけられたことだってある。しかし、結局、両親に猛反対され、地元に拠点を置くジブラに入社したのだ。

 「・・・まだ間に合うぞぉ・・・」何か熱いものが体の底から沸き上がってくるのを感じた。

 旅立ちの日、もうこの家ともお別れなんだと思うと、今まで気にも留めていなかったものが視界に入ってくる。柱のキズや壁の染み、庭の柿の木、などなど。目を閉じると、かつて家族が幸せに過ごしていた時のことが脳裏に浮かんでくる。
「ははは・・・!」「キャッ!キャッ!キャッ!」庭で鬼ごっこをして遊ぶ子供たちの笑い声。
「気をつけて!いってらっしゃ~い!」と、笑顔で妻が送り出してくれた日々。
 などなど。
 ふぅ~っと体内の毒素を吐き出すみたいに、ゆっくりと息を吐き出し、「さぁ、いつまでも思い出にばかり浸っていられない!」拳をギュッと握り締め、呂端(ろばた)は繁(はん)座(ざ)へと旅立つ。胸に期待と希望を膨らませながら。

 繁座(はんざ)という都市は、文化活動が盛んで、年齢に関係なく、プロからアマチュアまで様々な人たちが活躍している。街では,週末にもなると、所々でマーケットが開かれる。手作りの小物やアクセサリー、お菓子や飲み物がずらっと並び、マーケット前方には、ステージが設けられ、ライブ演奏が楽しめる。とにかく、多くの人で賑わう。また、繁座(はんざ)ではストリートミュージックも盛んだ。街中はいつも音楽で溢れ、街の壁には、色とりどりの落書きっぽい絵画が描かれている。でも、その勢いある色とデザインのバランスが人々を元気にさせてくれる。そこにいると、年齢のことなんて忘れてしまうほど、パワーがもらえる。中年以降の人たちだって、一発当てようと思えば、まだまだ間に合うのだ。

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