小説

『凸凹仲間の新たな挑戦』春日あかね(『ブレーメンの町楽隊』)

 その街は、かつて、自動車産業が栄え、はるばる遠くから仕事を求めて、多くの人がやって来た。そして、やがて人々は家庭を築き、マイホームを建て、マイカーを所有し、夢を現実のものとしていった。欲しいものが何でも手に入り、やりたいことが実現できる素敵な街。かつてのアメリカンドリームのように。

 ここで暮らす呂端(ろばた)は、約30年間、国内ナンバーワンの業績を誇る自動車産業、ジブラオート(略称:ジブラ)の経理部で働いてきた。地元の大学を卒業し、すぐに入社したのがジブラで、社内結婚し、子供を二人もうけ、マイホームを購入し、子供たちもすくすく成長し、順調な人生を送っていた 。仕事の方はというと、黙々と業務をこなすまじめな社員だった。経理の仕事以外には特に実務経験があるわけではなく、取引先銀行以外には、ジブラ以外の会社との付き合いもなかった。それでも、そんな生活に不満があるわけでもなく、そんなものだと思って過ごして来た。

 経理部では課長になったものの、その頃、会社の業績は下降線をたどっていた。そのため、主な彼の業務は、経費節減の呼びかけや無駄遣いのチェックなどであった。お陰で、髪はだんだんと薄くなり、老眼も入ってきて、書類をチェックするときは、眼鏡を外し、書類を少し目から離して見なければならなかった。あの輝かしい入社時から比べると、確実に年を取ってしまったことを認めざるを得ない事態に陥っていた。

 入社した頃は、ジブラはもとより、ジブラを取り巻く街自体に活気があった。だが、今では、長引く不況により、街から店や会社が消え、やがて、人々も町から離れていくようになっていた。かろうじてジブラは生き残っていたが、国の支援を受け、これから大きく変わろうとしていた。人員削減によるリストラが始まったのだ。

 このような場合、対象となるのは、当然、女性社員および50歳以上の男性社員で事務職である。事務仕事は、別に正社員でなくても、派遣社員やパートで賄えるからだ。

 とにかく、会社としては、呂端(ろばた)のような熟年社員を辞めさせるのには、ちょうどよい条件がそろっていた。 呂端(ろばた)の方でも風向きが悪くなったと感じた。そこで、会社から解雇命令を言われる前に、辞めてしまおうと決めたのだ。

 当然のことながら、家族の理解を得るのは困難なことだった。結局、妻は子供を連れて実家へ戻ってしまった。仕方ないな、仕事が順調に行っているときは何事もうまくいくが、そうでなくなると、人間の本性が現れるのだな。本当はこういう窮地に立たされた時に支えあっていくのが家族だと思っていたが、現実は厳しい。でも、「一家の主としてのけじめをつけねば」ということで、呂端(ろばた)は退職金を家族に全額渡し、家と自家用車を売却した。全てを失った今、呂端(ろばた)の頭の中に浮かんだのは、「心機一転、第二の人生をスタートさせる」ということだった。

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