小説

『泣いた赤鬼が出来るまで』高橋真理(『こぶとりじいさん』)

「そなた達が陽気で気のいい奴らだってことを私は知っている。しかし、それは私とそなた達が同等に話をして同じ時間を共有したからだ。八兵衛は宴に混じったがその場限りで交わした約束すら破ってしまった。それが現実だ」
 与兵衛の言葉に八兵衛を思い出したのか赤鬼がしょんぼりして「あんなに楽しそうに見えたのになぁ」と呟いた。
 そして、これが最後と鬼たちは与兵衛を交えて宴を再開すると夜が明けるまで遊びあかした。酒の飲めない与兵衛も、鬼の奏でる音楽に手拍子を打ち下手な踊りを楽しんだ。
「人間は鬼が嫌いか」
「基本的に人間は人間以外を好きじゃない」
「そうかぁ………そうなのかぁ」
 酒に酔った赤鬼が与兵衛の肩を抱いて空を見上げる。だんだんと東の空が明るくなり、空に瞬く星星の輝きが消えはじめている。与兵衛は赤鬼の肩越しにこちらを気にしている青鬼の視線を感じた。
「もうここには来ない。宴はどこでだって開けるからな」
「それがいい。私も鬼の宴には混じらないようにするよ。楽しかったけど、別れは寂しいもんだからな」
 空が白くなるにつれ、鬼たちの数がどんどん減っていく。不思議なことに与兵衛は彼らがこの場を去っていく背中を見ていないのになぜか数が減っていくのだ。
 やはり、鬼と人間は違うのか。
 そう思って隣を見ると、もうそこには誰もいなかった。
 ただ下草の生えただだっ広い原っぱで、足元の草がさわさわと太陽にその身をさらされるのを待つかのように風に身を任せているだけだった。
 しかし、一人立ちつくす与兵衛の頬にはこぶがあった痕跡すらなくなっている。鬼たちは与兵衛の長年の悩みをとりさり、消えていったのだ。
 不思議なものだ、人間と鬼。それぞれ仲間を思い、物事を楽しむ気持ちを持っている。それでも姿が違うというそれだけで恐怖心を持ってしまうのだ。
 与兵衛は赤く空を染めながら光り輝く朝陽を眺めながら鬼たちのために書いた物語を人間にも広めることを決意した。

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