小説

『泣いた赤鬼が出来るまで』高橋真理(『こぶとりじいさん』)

「誰か鬼を見たのか?」
「さぁ、八兵衛さんがそう言っていたとのことだけど」
 あの小心者め、うまいこと私をだましたはいいがなにかにつけてすぐ怒る私が何も言わないから色々勘繰って怖くなったな。
 与兵衛は小さく「ばかめ」と呟いた。
 そして、ついに満月の晩がやってきた。
 夜中、与兵衛は完成した物語を懐に入れると、そっと家を抜け出して鬼たちの元へむかった。今までのようにその場に近づくにつれまた陽気なお囃子が聞こえてくる。
 与兵衛は思わず駆け足になると、前回のようにお酒を飲んでいる赤鬼に声をかけた。
「おぉ、今度は約束を破らずにやってきたな、人間」
 赤鬼は与兵衛に杯を渡すと酒をついだ。
「俺は下戸だ」
 与兵衛はそういって杯を隣にいた他の赤鬼に渡すと、懐から鬼の物語を取りだした。
「まぁ、読め」
 赤鬼は嬉しそうに書を受け取ると、その場に座り込んでぱらぱらと折りたたんであった紙を広げ物珍しそうに眺めた。周りの鬼も「なんだ、なんだ」と寄ってくる。
「赤鬼は人間の字が読めない。おいらが読もう」
 そういって青鬼が赤鬼から書を受け取ると他の鬼にも聞こえるように朗々と読み始めた。
 人間が好きで仲良くなりたいと常日頃思っている赤鬼のために仲の良い青鬼が一芝居打ってくれ、赤鬼は人間と仲良くなれた。しかし、芝居が人間にばれてはいけないと青鬼は自分の住処を離れ、赤鬼にもう二度と姿を見せなくなるという物語だ。
 最後、青鬼を失って赤鬼が空っぽの家の前で泣きながら立ちつくすシーンを読み終わると、青鬼は書をとじ、腕を組んで聞き入っていた赤鬼をじっと見た。
「この物語は、おいら達に何かを伝えようとしているのか」
 青鬼が与兵衛に問いかける。与兵衛は一つ頷くと「優しいか優しくないのかよくわからない新しい友人を得るよりも、いつも一緒にいる気心の知れた優しい友人を大事にしたほうがいいってことだ。つまり…」
 与兵衛はここで一呼吸おくと与兵衛たちの周りにいる色とりどりの鬼たちを眺めた。
「人間達が鬼の宴に混ざることはほとんどない。それどころか宴を見た人の口伝えによって襲われかねない」
「そんなバカな、げんに宴に混ざった者もいるじゃないか」
 赤鬼は腹を立ててそう喚いたが、書を手にした青鬼は暗く沈んだ表情をして「来るのか?人間が」と与兵衛に問いかけた。カンの鋭い鬼もいるのだなぁと与兵衛は感心する。

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