小説

『泣いた赤鬼が出来るまで』高橋真理(『こぶとりじいさん』)

 そういって青鬼は昨日の八兵衛とのやり取りを包み隠さず語った。それを聞いているうちに与兵衛の腹も治まってきて胡坐をかいて青鬼の話を聞いた。
「ふむ、事情はだいたい分かった。八兵衛のやつは嘘をついていたんだな」
 そういって与兵衛は黙り込むといつのまにか青鬼と赤鬼、そして与兵衛を取り囲むように集まっている鬼たちを見回した。みな一様に興味しんしんといった表情だ。
「赤鬼はいつだって人間と仲良くしたいんだ。ここで宴を開くのも、陽気なおいらたちを見た人間たちが一緒に宴に加わってくれたらいいなって思ってるからなんだ」
 ぼそりと呟いた青鬼を、赤鬼は一瞬鋭く睨んだがすぐに顔をそらして腕組みをした。
「わかった。八兵衛の事はまぁよい。あやつもほっぺたにくっついたこぶのせいで少々卑屈になっているのだ。ところで私の両頬のこぶだが私が優しい鬼の話を書いてここへ持ってくれば取ってもらうというのはどうだろう。人間と仲良くなりたいという赤鬼にとっても悪い話ではなかろう」
 与兵衛の言葉に赤鬼は即座に頷く。青鬼はそれをみて小さくため息をつくとすくっとその場で立ちあがった。
「こぶは鬼との交渉材料となる。後々あんたの命を救うかもしれないが…」
「構わぬ。鬼とはみな陽気で宴好きなのだろう?この世の中で怖い生き物は鬼だけにあらず。あの八兵衛のように卑屈に生きて悪さをする人間の方が多いものよ」
 与兵衛も立ち上がると青鬼にむかって小さく微笑んだ。
「人間にとってこぶは邪魔なもの。約束は破らないが話を作るには時間がほしい。そうだな、今はない月が満ちた時、またここに来よう」
 そういって与兵衛は村へ帰っていく。両頬のこぶが歩くリズムに合わせてふるふると揺れる。こぶを取ってもらおうとしたばっかりにこんな事態に巻き込まれてしまった。八兵衛の事を恨まなくもなかったが、元来一度怒りを爆発させてしまえばあとは構わない性格だ。今は鬼に聞かせる物語について考えていた。
 とはいうものの、村に帰ってなんだかんだ生活をしていると村人の目には与兵衛の一晩で増えたこぶと八兵衛の一晩で消えたこぶが奇妙に映るらしい。「仏様が優しい八兵衛さんのこぶをすぐに怒る与兵衛さんにくっつけたんだ」とひそひそと噂された。しかしそれも次の満月までの辛抱だと与兵衛は自分に言い聞かせながら鬼の話を書きつづる。
「ねぇ、与兵衛さん、いったい何があったっていうの、そんな、一晩でこぶなんて増えるもんかぃ?」
 余り物を持ってきたおさきにも与兵衛は何も語らず、ふるふると顔とこぶをふる。八兵衛はあの後一度も姿を見せない。
 結局与兵衛は「傷心のため」と言って子供たちに書を教えるのも休んで一人黙々と鬼の話をかいた。
 そんなおり、おさきから『山の中に鬼の集落がある』という噂話を聞いた。
「月のない夜、隣の村からも応援を呼んで暗闇にまぎれて退治してしまおうって話だよ」

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