小説

『泣いた赤鬼が出来るまで』高橋真理(『こぶとりじいさん』)

「あら、八兵衛さん。与兵衛さんに用事?って、あれ、まぁ!」
 おさきは八兵衛の顔を見るなりぽかんと口を開けたまま固まった。そしてすぐに与兵衛の部屋に入ると「ちょっと、ちょっと」と声をかけた。
「なんだい、騒々しい」
 そういって奥から出てきた与兵衛も八兵衛の顔を見て言葉を失った。文字を教えてもらっていたらしい女の子も奥から出てきて「あれー、おっちゃんこぶなくなったー」と無邪気に笑った。
「おい、八兵衛」
 与兵衛の問いかけに八兵衛は重々しく頷くと「人払いをしておくんな」と一言いった。その言葉におさきは少女を連れてそそくさと与兵衛の家を出て行き、与兵衛は暑いのにも拘らず扉を閉めた
「実はな、昨日おらは鬼の宴に偶然でくわしたのだ」
 そして、鬼たちの宴では踊りを踊ると仲間に入れてもらえること、鬼たちは優しくて望めばこぶなどすぐにとってくれるということなどを魅力的に語った。
「鬼とは人間を喰ったりするのではないのか」
「いやぁ、それは特殊な鬼だ。鬼とはもともと陽気な種族らしい」
「そうか。ところで私は踊りが苦手なのだが」
「大丈夫だ、楽しそうに踊っていれば鬼たちだって仲間と認めるさ」
 八兵衛の言葉に与兵衛はうむと黙りこくってしまった。やはり鬼が怖いのだろう。八兵衛は小さく咳払いをして与兵衛の視線を自分に向けさせると、ゆっくりと自分の頬をなでた。
「嘘などつかない。ついたところでなんの得もない」
 与兵衛は無言で頷いた。
 その夜、与兵衛はそっと自分の家を出ると八兵衛から聞いた鬼の宴へと急いだ。空には無数の星が輝いているが月はない。そこで与兵衛は小さな提灯をもって歩いた。
 やがて八兵衛から聞いた場所に近づくと、なるほどどこからか陽気なお囃子の音が聞こえる。
 与兵衛は提灯の灯を消して近くの木の後ろに置くとそっと鬼たちの宴をうかがった。
 楽器を奏でるのは主に中くらいの緑色の肌をした鬼たち、踊りを踊るのは緑や黄色、青や赤の肌をした鬼たち。そして酒を飲んでいるのは主に赤い鬼たちだった。鬼たちは物語に描かれているようにパンツ一丁で金棒を持っているわけではなく、村人が着ているような質素な着物を着て、細めの紐で腰を縛っている。みな一様に背は高くてほりの深い顔立ちをしているがそれ以外は村人たちと変わりがないように見えた。もしかしたら八兵衛の言うようにこの鬼たちは怖い存在ではないのかもしれない。
 与兵衛はそろそろと鬼たちの近くに行くと鬼の真似をして踊り始めた。しかし、元来踊りは得意でない。前の鬼の真似をするのだが、どこか手つきが不器用で、足がもつれたりもする。
「来たのか来たのか、待ちくたびれたぞ」
 前を踊る黄色い鬼が声をかけてくる。
「しかし、昨日とは打って変わってぎこちない踊りだなぁ、ほれ、ほれほれ、こんな風に踊るんだよ」
 後ろの緑色の鬼が自分よりも小さい与兵衛の腕をうまい具合に操作する。与兵衛もおっかなびっくり緑鬼にされるがままに体を動かす。
「おぉ、人間。よく来たな」
 酒を飲んでいた赤鬼たちの中から一番体の大きい鬼が与兵衛に近寄ってくる。
「ん???昨日取ったこぶがもう出来てるぞ?こぶというのはそんなすぐ生えてくるものなのか」

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