小説

『走ってるんだよな? お前』川月周(『走れメロス』太宰治)

 誰かの心が変わらないとただ親友が死んで終わりの物語になってしまうのでメロスなり、王なりに変化がないといけない。
 メロスが王を殺すでは確かにバッドエンド感は増すが、やはり安易だし。
 メロスも殺されては誰も何も変わらず終わってしまう。物語としても破綻している。何を伝えたかったのかさっぱり分からない。
 どうしたんだ? 親友が死んでその後どうなった?
「……そうか!」
「お待たせしやしたー!」
 スーツの男が何かを閃いた瞬間に若い男達が帰って来た。
「いやー、走れメロスって中々なくて古本屋まで行って探しちゃいましたよー」
「こいつ店員に絶対聞かないんですよ。プライドが許さないとか言って」
 男達は有名回転寿しチェーンのロゴが入ったビニールから沢山のパック寿司を取り出し、それをテキパキとテーブルの上に並べると、最後に走れメロスの文庫本をスーツの男に手渡した。
「おう。お前等、先食っていいぞ。兄ちゃんも食え」
 俺も寿司よりも結末の方が気になったが、どうやら最初から読み始めているらしく時間がかかりそうだったので仕方なく寿司に手を伸ばした。
 サーモンの数だけ異様に多かったのが気になったが、遠慮なくバランス良く食べさせてもらった。
「兄貴。寿司食って下さい。もうひからびちゃいますから」
 右の男が申し訳なさそうに言うが、スーツの男はもう没頭していて返事がない。そこまで長い話だったかと疑問に思ったが一ページ目から熟読しているこの男を前にそんな事を聞く気にはなれなかった。

「なるほどな……兄ちゃん。これは名作だなぁ確かに」
 男は文庫本を閉じると不適に笑う。最早これが何の笑いなのかさっぱり分からなかった。
 今更、結末がバッドエンドでも何とも思わない。
 それよりも、名作ねぇ。名作ねぇ。と笑う男の言い方が気にかかった。どこかバカにしているような、そんな笑い方だった。
「早く結末を教えてくれ。結局どうなったんだメロスは」
「それよりも兄ちゃんの結末が先みたいだな」
 男の言葉に我に返る。テーブルの隅にどかされた時計は既に十七時五十五分を指していた。
「だから言ったじゃないすか。あれ絶対嘘だって」
「いやー残念。嫌な友人を持ったねぇ」
 右の男と左の男が交互に口を開く。だが俺と男はにらみ合ったまま口を開かなかった。
 あと五分……四分……三分……二分……
 ……一分

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