小説

『ウサギと亀の青春』青居鈴(『ウサギとカメ』)

「僕らがどうして小山君にこれだけ構うか、知っている?」
「? いえ。」
 決して小さい会社ではないから、年の近い後輩は沢山いた。同郷というだけで、なぜこんなに面倒を見てもらえるのか。有難いと同時にいつも不思議に思っていた。
「あの時、ゴールのテープを持っていたのが小山君だったからだよ。」
 あ! 言われて、小山の脳裏に数十年前の記憶が駆け巡った。

「お前、田造の山上小学校出身って本当か?」
「あ、はい。小学校二年までですけど。」
 新卒入社後すぐの飲み会で硬さがまだ抜けきっていなかった小山に、若かりし宇佐美が絡んできた。
「お前今年二十三だよな…ってことは…一年の時のマラソン大会って覚えているか?」
「あんまり詳しくは…。ゴールのテープ持つ係りだったことは覚えているんですけど…。」
 宇佐美は机に盛大に頭をぶつけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
 おろおろとうろたえる小山から目をそらしたまま「大丈夫だ、心配するな。」と告げると、宇佐美はふらふらと他のテーブルへと移動していった。
 その次の飲み会だった。
「あ、君が小山君?話は聞いているよ。」
 満面の笑みを浮かべた亀山が小山にビールを注いでくれた。

「まあ、小山君はまだ小さかったわけだし、細かいことは何も覚えてなかったみたいだったから、あえて言うことでもないかなと思っていたんだけどね。僕らはその後も、ずっと競争を続けていたんだ。」
 宇佐美専務だけでなく、亀山専務も、まるでいたずらっ子のような笑いを浮かべていた。
「定期テストの点数は俺の方が上だった。」
「でも実力テストの点数は僕の方が良かった。」
「彼女ができたのは俺の方が先だった。」
「でもファーストキスは僕の方が先だったよ。」
「うるせー。このむっつりスケベが。」
 所々に茶々を入れながらそれは本当に楽しそうに。そんな二人の関係は、今の会社に入社し、再会を果たした後も続いたという。
「係長になったのは俺の方がはやかった。」「でも課長になったのは僕の方が先だよ。」「部長になったのは俺の方が先だった。」「でも取締役になったのは僕の方が先。」「…一ヶ月の違いじゃねーか。」「正確には三週間と三日。」そんな掛け合いが続く。一歩間違えば険悪になりかねない話を本当に楽しそうに。本当にこの二人は仲がいいのだなと小山は感じていた。
「ごめん、小山君、話が逸れたね。そんなこんなで宇佐美と僕で話をしていたんだけど、この年になるとやはり色々考えてしまってね。」
 二人はふと我に返ったように小山にまた正面から向き合った。自然と背筋が伸びた。

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