小説

『ウサギと亀の青春』青居鈴(『ウサギとカメ』)

 まるで映画を見ているようだった。
「惜しい人を亡くした。」「まだ若いのに。」「あ、お久しぶりです、お元気でしたか。」弔問者の会話ははるか遠くで交わされる夢物語のよう。小山は世界から一人切り離され、暗闇にたたずんでいるような感覚にとらわれた。前方に指す光の中には、宇佐美専務と亀山専務がいて、いつもと変わらぬ明るい顔で笑っていた。
「小山君。」
 社長に肩を叩かれ、我に返ると、目の前にハンカチを突き出された。そこで初めて自分が涙を流していることに気が付いた。小山が二人を慕っていたことを知っていた社長は、困ったような悲しいような顔をして、少し目線をそらした。
「…今回のことは残念だったけれど…君にはこれから頑張ってもらわなければいけないのだから、よろしく頼むよ。」
「…はい。」
 ハンカチで顔を覆った。借り物なのに。しかし、そうしなければあふれてきた涙を、嗚咽を、抑えることができなかった。
 社長は小山の肩を軽くたたくと、その場を離れ雑踏の中に消えていった。悔しくて仕方がなかった。ほんの数日前だ。ほんの数日前に、小山は二人と酒を酌み交わしたばかりだった。

 宇佐美専務と亀山専務は、「短慮の宇佐美」、「愚鈍の亀山」と揶揄された当社の二枚看板だった。明るく快活な宇佐美と穏やかで思慮深い亀山は小学校時代からの同級生で、高校、大学は別の道に進んだが、同年に現在の会社に入社。それ以来切磋琢磨を続けてきたのだ。二人は小山の五年先輩に当たるが、小山が入社した時には、二人ともすでに頭角を現していた。
 若手だけの飲み会だっただろうか。何かの拍子に、宇佐美、亀山と小山の郷里が同じことが判明した。しかも通っていた小学校まで同じだったのだ。もっとも、小山は小学二年生の時に転向したため、重なっていたのはほんのわずかな期間だったし、その頃の記憶は断片的だった。それでも二人は、「一時期なれども同郷の後輩」として、随分可愛がってくれた。そんな小山にとって、行動力とエネルギーで新事業を次々切り開いた宇佐美と、地味ながらコツコツと地盤整備を続け幾度となく襲った経済危機を乗り越えた亀山の手腕は憧れて余りあるものだった。そんな二人に近づこうと努力を続け、小山も数年前、ようやく取締役に上り詰めた。
 そんな二人に呼び出されたのは五日前。会社の近くの居酒屋だった。
「もしかしたらうすうす伝え聞いているかもしれないが、我々は今年いっぱいで退職する。次の専務は、お前に頼もうと思っている。どうだ?」
 店に着いて早々、おしぼりで顔を拭きながら宇佐美専務がそう切り出した。うすうすと勘付いてはいたものの、改めて言われると心臓が飛び出しそうになった。亀山専務はこちらを向きながらいつも通り、穏やかに微笑んでいた。
「退職は早くありませんか、考え直されては…」
「むしろ遅いくらいだろう。俺らが還暦を過ぎたのは二年前だからなあ。」
 用意していた断り文句を一刀両断すると宇佐美はいたずらっ子のように笑った。

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