小説

『浦島太郎』浴衣なべ(『浦島太郎』)

 翌日。同じ時間の同じ場所、何かを期待していた私は再び浜辺へやってきていた。太陽は相変わらず大きくて地上の熱は昨日よりも増していた。あまりの暑さに息苦しさを覚え、口をパクパクとさせ喘ぐように呼吸した。
「あれ? こんなところで何してるんだ?」
 突然、背後から声が聞こえた。予想外の声掛けに私は体を震わせた。そこにいたのは三人の幼い子供たちだった。
「何だこいつ?」
 一番近くにいた子供がそう言った。幼さ故の敬意にかける言葉使いだったが、私の体を見る目には明らかに怯えが含まれていた。しかし、仲間が見ている手前虚勢を張っているのだろう、恐れを誤魔化すためこちらへ手を伸ばしてきた。
 ひぃ。
 私は恐怖のあまり肺を収縮させた。その拍子に、普段は出ない、ぐえっという低い圧迫音が口から洩れた。
「うわっ」
 子供が短い悲鳴を上げた。そして、追い詰められた鼠を連想させるように、気が動転したのか無思慮にも私の体を足蹴にした。
 ごっ、という鈍い音が私の内側に響いてきた。どうすることが最善なのか分からず、体を縮こませただただ騒動が収まるのを待った。
「あれ? 全然動かないぞ」
 恐怖の暴発により危害を加えていた子供は、私が抵抗らしい抵抗を示さないので気が大きくなったようだ。他の二人にたいして、お前らもやってみろよ、と扇動しはじめた。豪雨の中に投げ出されたみたいに私の体は隙間なく暴力の的となった。
「お前らやめないか」
 不意に、子供たちのものとは明らかに違う、低くて厚みのある声が聞こえた。何が起こっているのだろう。私はゆっくりと首をもたげた。
「そんなことをしたら駄目だろ」
 彼が、子供たちを叱っていた。このとき、私は予想出来なかった展開に頭がついて行けず、まず初めに思ったのは、「この人は、こんな声をしていたのか」ということだった。そして、数瞬遅れてから、今、自分は彼に助けてもらっているのだ、ということを自覚した。すると、不思議なことにもう大丈夫だと安堵することができた。
「なんでこんなことをしてるんだ」
 彼は、子供たちの行動を制したあと、その理由を尋ねた。それから、今行っていることは非常に悪いことだと子供たちに諭した。
「いいか、もうこんなこと二度とするんじゃないぞ」
 子供たちがきちんと理解したのを確認してから、彼は子供たちを解放した。
 私は被害者であることを忘れ、彼の理性的で落ち着いた振る舞いに見とれてしまっていた。

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