小説

『小豆橋』原哲結(『妖怪 小豆洗い』)

歳とか忙しさのせいにして、自分でも認めたくないのは、分かってんねん。
明らかに、自分が薄くなって来てるのは、分かってんねん。
なんか、自分の色がうすーくなって来てるし、自分の輪郭が曖昧になって来とる。
輪郭線は、実線やったのが、長い破線になり、普通の破線になり、短い破線になり、最近では点線になっとる。
その点線の点も、最初は大きく太めやったのに、最近は、小さく細めになって来とる。

いよいよか。
いよいよなのか。
いつかは来ると思ってたけど、ついに来るか。
『いつかは確実に来る』と心のどっかで思ってたけど、何百年も生きて来たから、忘却の彼方に追いやっていたわ。
長いような短いような、飽きたような足りないような、まあそんな不思議な感じやな。

思えば、小豆橋作って、右間左間が仲良くなって来てから、俺の存在が薄くなって来たような気がする。
ええことしたのに、俺自体は、あかんようになってるやん。
みんなにとっての良効果、俺にとっては逆効果。
ネガポジ禍福陰陽表裏一体。

 ‥ ああ、そうか。
俺なんや。
俺の存在意義やったんや。
右間左間の対立の《気》で、生み出されたんが、俺やったんや。
だから、右間と左間の境のこの川に、生を享けたんや。
だから、右間と左間の対立が始まった何百年前から、俺はここにおるんや。
俺がここにいる噂が立つと、右間のもんも左間のもんも、川には寄り付かん。
自然、右間と左間の交流も途絶えるってことか。

でも、このたび、右間と左間の対立が解消しつつあるから、俺の存在意義も失われつつある。
その為、俺が薄く消えそうになってるんやな。

いやー、まいったまいった。
ってすると、なにかい、俺は自分で自分の首絞めたと。
良かれと思ってしたことが、自分にとってはマイナスになったと。
右間と左間を仲良くしたかっただけで、目的は果たせたけど、その代償は自身の死やったと。

まさに自業自得。
禍福は糾える縄の如し。
あ~あ、やってもた。

 ‥ ま、ええか。
何百年も生きて来て、ええかげん飽きたし。
なんやかんやいうて、毎日小豆とぐだけやし。

たぶん、すごく近い内に、俺消えるな。
消えちゃうな。
 ‥ 消えますか。
ほなちょっと、いたずら置いて消えようか。
ただ単に消えるだけやったら、オモロないからな。

ほな、消えるか。
今まで、ありがとう。
みんなが喧嘩してくれたおかげで、俺が存在できたわけやし。
ほんま、感謝してます。
ほな、仲良くお元気で。

ショキ ‥ ショキ ‥ ショキ ‥
ショキ ‥‥ ショキ ‥‥
ショキ ‥‥‥ ショキ ‥‥‥
ショキ ‥‥‥‥ ショキ ‥‥‥‥
ショキ ‥‥‥‥‥ ショ ‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

今や、小豆橋は、石造りの立派なきな橋となっている。
今や、右間と左間は名称だけ残り、中間一地区となって久しい。

中間地区の川に架かる、小豆橋。
小豆橋の意匠や造りは、その由来通り、小豆が積み重なったようになっている。
いや正確には、橋の半分で意匠と造りは異なっている。
右間区域に架かる半分は、粒餡を模したものとなっている。
左間区域に架かる半分は、漉し餡を模したものとなっている。

人の往来は、頻繁だ。
自転車や車の往来も、頻繁だ。
今やただ単に、生活のライフラインを担う橋として、当たり前に存在している。

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