小説

『背伸び、しない!』原豊子(『狐と葡萄』)

 しかし、そんな私の焦りとは裏腹にその後も深谷への非常に好意的な質問攻めは続いた。十分ほど蚊帳の外が続いた後、やっと巡ってきた私の番は、「紺野さんは……ふーん、うちの本、何か読んだ?」と、なんともなげやりなもので。「御社の大人の仕掛け絵本シリーズがとても好きで、特にイソップ童話のきつねとブドウ、短いお話なのにこの絵の迫力で……」云々。結局、面接時間三十分のうち、三分の二以上を深谷が語りとおして終わった。
「落ちた……」
 二人してビルを出た後。白い雲で覆われすっきりとしない空の下、ため息とともにコートを羽織る。
「結果は出てみないと分かんないでしょ」
 いや、今の面接で私が落ちて深谷が通過することは、わかりきっている。そのぐらいわかりやすい面接だった。そのことを自覚しているから、深谷もわざとクールにそっけない風を装っているのだ。
「わかる。落ちた、もう終わりだ」
 あんなにまざまざと深谷との違いをつきつけなくても、いいじゃないか。彼女は美人で、頭もよくて、そして何より機敏で自らの足で動くことを知っている。いっそ、友達でなかったら、恨むことも非難することも僻むことだってできたのに。残念なことに、私は深谷のそんな部分を、尊敬してやまない。永遠に追いつけない相手に、嫉妬する事ほどエネルギーの無駄はないと、大学一年の夏にはもう悟りきっている。
「……もしここ駄目だとしても、まだ他に―……」
「ないよ」
「えっ」
 ははは、今の驚きは本当のやつだ。思わず笑って、彼女を見てしまった。小さく口をあけて目を見開く顔は、本当に上品で可愛らしい。この顔も、大好きだ。
「もう、今ので私の面接持ち弾、尽きた」
「……まじか」
「まじだ」
 沈黙。きっと、彼女のコンピューターよりも早い回路が、かなりの回転を記録しているのだろう。じっと視線は逸らさないが、考えてる。私への慰めの言葉を、傷つかないような。
 深谷は優しいなあ。かなわないよ。
 ……あーあ、やーめた。
「結婚する」
「へ?」
「決めたよ、結婚する。就活やめる」
 結局、注目を浴びてどんどん上のステージへ上っていける人間は、決まっているのだ。容姿にも恵まれ、才能にも恵まれ、そうして尚且つ自分で慢心することなく上を目指し続けられる人。深谷が、今度は本当に言葉をなくしてしまったらしく、ぽかんと口と目を丸く開け、立ち止まった。はは。この表情が見られただけでも、決心した価値はある。
「……あんた、本気で言ってるの?」
「うん。だって、早かれ遅かれ、克季とは結婚するつもりでいたし。そうなれば、仕事辞めるつもりだったし」
「あんたの人生だからあんまり強くは言えないけどさ。もうちょっと、考えてもいいんじゃないの? だって、プロポーズされたのこの前の土曜日でしょ?」

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