小説

『背伸び、しない!』原豊子(『狐と葡萄』)

 うんこは落ちるけど山姥は受かった。世の中、どんな基準で動いているのか全く分からない。けれど、けれど。これで、やっと一社面接を通過した……! こみあげてくる震えに、手には汗をかいていた。熱い。やった、やった、やった!
 二次面接は、集団面接。来週月曜日、午前十時の回。これはもしかしたら、いけるのかもしれない。こうなったら、家に帰って大館パブリッシングの企業研究をやり直そう。前回は変化球できたが、今回はこの会社で一番有力商品の絵本についての質問がくるかもしれない。たしか、著作権切れした童話や昔話を、大人向けの仕掛け絵本にして出版したシリーズが、有名、のはず。そういえば、一次面接は十分な企業研究もできずに受けたんだっけ。ああ、こんなんだから駄目なのだ、私。

『えっ、月曜の十時って、私もだ……』
 先週の土曜日、深谷に電話した時に感じた絶望が、じわじわと再び私の足元から這い上がってきていた。灰色のカーペットに、横一列に二つ並べられたパイプ椅子。その前にずらりと並ぶ、スーツを着たジジが三人。
「二人は同じ大学学部なのに……随分、やってきたことが違うねえ」
 私の横には、艶やかで豊かな黒髪をハーフアップにした深谷が、微笑を浮かべて座っていた。深谷のスーツ姿は見慣れていたけれど、今日はなんだかとっても落ち着いた大人に見える。それに比べて私ときたら。顔は生まれ持ったものだから仕方がないとしても、短い髪をちょん結びにして、ぱっつんにした前髪の、なんと幼いこと……。カバンの中には、あれから図書館で借りてきた大館パブリッシングの絵本が入っている。唯一借りられず残っていたイソップ童話。色彩が美しく細かな線で描かれたそれは、確かに大人気なのがうなずけるほど、いくら眺めていても飽きない本だった。このまま、インテリアにする人もいるようで……企業研究も、きちんとしてきたというのに。
 ああ、神様。なにも二人きりで彼女と私を比べること、ないじゃないですか。
「深谷さんは、と。へえ、ミス慶欧なんだ」
「はい、去年のミスコンで、選んでいただきました」
「ふーん……あ! 僕覚えてるよ、女性誌で企画やってたでしょ」
「まあ、覚えていてくださるなんて、ありがとうございます。別の出版社なので恐縮なんですが、周江井社のベッラという雑誌で様々な地域の食を紹介するコーナーをやらせて頂いていました」
「あれ好きだったなあ、読みやすくて。なに、自分で全部やってたの?」
「編集者の方に見てもらってはいました。けれど―……」
 予想通り、深谷への質問が続く、続く。そうだよね、私の履歴書なんて、本屋でのアルバイトと、ゼミの事しか書いていない、なんの面白味もない書類だもん。興味持たれないのは、当然。
「いやあ、君、いいねえ。ぜひうちでもそんな企画ばんばん出して、そんで売り上げあげて欲しいよ! それになんてったってこんな美人だし、オフィスが華やぐねえ」
 あ、今若干深谷、笑顔ひきつった。なんて、観察してる場合じゃない。自分に、なんとか興味をむけさせないと―……。

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