小説

『陽のあたる帰り道』清水健斗(『姥捨山』)

 僕は父親の事をほとんど覚えていない。父親は、僕が物心つき始めた頃この世を去ってしまった。
 葬儀で、満面の笑みを浮かべる父の遺影を見つめ涙を流している母の姿を見て、父への怒りを子供ながらに感じた事を今でも覚えている。
 後にも先にも、母が泣いている姿を見たのはその時だけだった。きっと裏では沢山の涙を流したのだろが、僕の前ではいつも笑顔で優しく、強い母だった。
 生活のため、母は昼も夜もとにかく働いた。
 女手一つで子供を育てて行く事のキツさを、親になった今だからこそ痛い程理解できるが、子供だった僕が理解できるはずは無く、何度母を傷つけ迷惑をかけただろうか?親の心、子知らず。タイムマシーンがあったら戻りたいと本気で思ってしまう。

 母が初めて、倒れたのは僕が就職活動を控えた、大学3年の冬だった。
 僕は、今までの疲れがたまっただけと言う母の言葉を真に受けあまり深く考えずにいた。この時、もう少し気をつけていれば状況は色々変わっていたかもしれない。

 それから、僕は商社へ就職が決まり実家を出た。時計の音に追い立てられる忙しい毎日で、母とはほとんど連絡を取っていなかった。
 数年が過ぎ、理沙を紹介するため僕は久しぶりに実家に帰った。和室の畳の匂いや縁側から見える、聞こえる蜩の鳴き声、何も変わらない風景。変わった所と言えば、母が少し痩せて小さくなった様に思えた所だろうか。
 懐かしい空気感を味わう様に、僕は大きく息を吸って居間に座った。僕の後に続いて座った理沙も、大きく息を吸った。どうやら緊張しているらしい。気を紛らわそうと声をかけようとしたタイミングで母がお茶をそっと理沙に差し出した。
 ドラマでよくある嫁姑ではないが、理沙と会った時の母の反応が少し心配だった。
「どうぞ」
 母はいつもと変わらぬ笑顔を理沙に向けた。
「ありがとうございます」
 雪が一気に解けて行く様に、理沙の顔も綻んだ。僕の骨折り損だったみたいだ。数時間後には完全に打ち解け、僕の悪口を二人で言う様にまでなっていた。女の結束力という物なのだろうか?
 理沙は両親を亡くしていていたので、母との会話で久しぶりの家族の暖かさを感じたのもあったのかもしれない。

 その後、僕と理沙は結婚し、その1年後には雄星が生まれた。
 初めての子育て、何をするにもわからない事だらけ。相談する相手は母しかおらず、しばらくの間、同居する事になった。
 雄星をあやす母の姿を見て、僕も赤ん坊の時はああだったのだと不思議なノスタルジーを感じてしまった。理沙は母から出て来る豊富な知識にいつも感心していた。
 雄星が大きくなり、母は実家に戻ったが、かなりの頻度で僕の家を訪れ、「家族」という物を満喫していた。子供の頃に感じていた暖かく愛情の詰まった時間がそこには流れていた。いつまでも、この時間が続くと思っていた。

 突然、その時は訪れた。
 理沙が雄星の迎えを終え、家へ戻って来た時、母が倒れていた。脳梗塞だった。
「……片足に麻痺が残る可能性があります。もう一つ怖いのは、脳梗塞から脳血管性認知症が起る可能性があり……」
 医師から告げられた専門的な言葉と不都合な真実は僕の耳に届かず宙に舞った。
 ベッドに横たわる母の手を強く握った。今まで僕がかけて来た苦労がこういった形で母に降り掛かってしまったと思うと、やるせない思いで胸が締め付けられ、僕は生まれて初めて過呼吸になった。
「あなたのせいじゃない」
 僕の心中を察して、理沙が僕の手にそっと手を重ねた。今までの過労が原因ではない。医学的に見ればそうなのかもしれない。でも、頭と心がついていかなかった。
 結局、母は脳梗塞の後遺症で車椅子生活を余儀なくされた。そればかりか記憶まで……。
 ありふれていた幸せはガラス細工の様に一瞬で壊れてしまった。

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