小説

『おはなしおねえさん』山本大文(『ねずみの嫁入り』)

 その噴水広場では、確かに大きなカメラを持った人や、銀色の反射板係の人、長い棒についているマイクを持った人などが、一か所に集まって、撮影らしきことをしていた。
 人々の顔が見分けられるぐらいの距離まで近づたときに、「はい、カット」という声がかかった。ちょうど撮影が一段落したところらしい。
 いつの間にか空は雲が多くなっていて、太陽が隠れ、辺りが薄暗くなっていた。
 噴水を背にして立ち、紙コップに入った何かを飲んでいる女の人に見覚えがあった。サスペンスドラマなどの主役をやっている人だ。きれいな顔をしているけれど、年は四十ぐらいだろう。大きなつばの黒い帽子をかぶっているけれど、顔は間違いなくその人だった。
 ええと、何ていう名前だったっけ……。
 そのとき「君、サインが欲しいんだったら、今頼みに行くといいよ」と、野球帽を逆向きにかぶった、反射板係の男の人がワカバに声をかけた。「今ちょうど休憩どきだから。あの人は優しいから、ノートとかにもサインしてくれるよ」
 男の人は笑ってウインクをした。ワカバは「ありがとうございます」と会釈して、女優さんに近づいた。
「あら、サイン?」と女優さんは口もとを少しだけ緩めた。さっきのモデルさんよりも、見た感じだけで、かなり貫禄がある。
「あの、女優さんになるには、どうすればいいんですか?」
「あら、そうきたのね」女優さんはぷっと噴き出す仕草をしてから、コーヒーらしい紙コップの飲み物を一口すすった。「私の場合は、若い頃はモデルをやってたんだけど、女優の仕事が少しずつ増えていって、いつの間にか女優になってたって感じかしらね。でも、いろいろなのよ。劇団に入ってお芝居一筋だった人が女優になるっていうのが、多分まっすぐな形だと思うけど、歌手だった人、芸人だった人もいるし、スポーツ選手だった人もね。そういう意味では、間口は広いわよね。あ、間口が広いっていう意味は判る?」
「はい、判ります。女優さんの仕事は楽しいですか?」
「そうね、まあ、楽しいといえば楽しいけど、楽しいばかりでもないし、嫌なこともあるし。特に、監督さんとの相性が悪いときなんか、最悪」女優さんはそう言って、いかにもおぞましい、という感じの表情になって首をすくめた。「女優なんて結局は、監督さんの持ち駒みたいなもんだから。私がこういうふうに演じたいって思ってても、監督さんからは、そうじゃないとか言われるしね。ひどかったときがあるのよ。怖い男の監督さんでね、何回も駄目出しされて、そんな演技しかできないのか、女優なんかやめちまえって怒鳴られて、あのときは泣きながら、本当にやめようって思ったわ」
「女優さんより、監督さんの方が偉いってことですか?」
「そういうこと。あら」と女優さんはちょっとかがむようにしてワカバの顔を覗き見た。「あなた、早くも、女優なんかより監督になろうとしてる感じの表情ね。子供なのに上昇志向がすごいわね」
 ワカバがどういう返事をしようかと迷っていると、女優さんか「監督ーっ、この子が質問したいことがあるそうよー、聞いてあげてー」と大声を出した。
 すると、スタッフさんたちが集まっている方から、黒い野球帽をかぶってサングラスをかけ、作業ジャンパーみたいなのを着たおばさんが出て来て、「どの子?」と応えた。「あら、あんたにそんな娘がいたの。いや、孫でしょ」
「何言ってるんですか、独身の生娘に失礼な」女優さんが片手で叩く真似をした。「面白い子だから、答えてあげて。質問、どうすれば監督さんになれるんですか」

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