小説

『おはなしおねえさん』山本大文(『ねずみの嫁入り』)

「私の場合はね」とモデルさんが言った。「モデル事務所がやってるオーディションを受けて、合格して、所属モデルになったのよ。その前に、町を歩いてて、うちのオーディションを受けませんかって、事務所の人から名刺をもらって。それで電話をかけてみたら、いついつどこに来てくださいって言われて」
 じゃあ、とんとん拍子でモデルになっただけじゃん。努力してないし。
 ワカバが「モデルの仕事は楽しいですか」と聞いてみると、モデルさんは「うーん」と首をかしげた。
「そうね……もともと興味があったし、なりたくてもなれない人たちがたくさんいるわけだから、楽しくない、なんて言ったらバチが当たっちゃうけど……本当は私、女優さんを目指してるのよね」
 モデルさんはそう言って、肩をすくめて笑い、人さし指を立てて口に当てた。他のスタッフさんに聞こえないようにってことらしい。でも、近くにいたメイクさんが「聞こえちゃってるよー」と笑った。
「どうして女優さんになりたいんですか」とワカバが尋ねると、モデルさんは手招きをした。もっと近くに来なさい、ということらしい。ワカバが、顔を近づけると、モデルさんはひそひそ声で言った。
「モデルって、カメラマンさんに言われてポーズ取るだけでしょ。要するに人形みたいなものなの。若い女の子たちは、モデルにあこがれるけれど、実際にやってみると、何だかなあって思ったりするものよ。寒いときに何時間も薄着で立っていたり、トイレに行きたいのを我慢して笑顔でポーズ取ったりしなきゃいけないし。それに較べると女優さんって、いろんな人になりきって演技ができるでしょ。映画やドラマで、見た人を感動させることもできる。そこがいいのよ。判る?」
「何となく」
「事件を解決する探偵にもなれるし、おカネ持ちのお嬢さんにもなれるし、学校の先生にもなれる。ね、夢がある仕事だと思わない? だから私、女優さんになりたいのよ」
「モデルさんと女優さんだったら、女優さんの方が上なんですか?」
「上とか下っていうわけじゃないんだけど……モデル出身で女優さんになる人はいるけれど、女優だった人がやめてモデルになるっていうのは、ないかもね」
 モデルさんはそう言ってから「まあ、そういうものなのよ、まだ子供には判らないことかもしれないけれど」とつけ加えた。
 そのとき、メイクさんが「そういえば」と話に入ってきた。「商工会館ビルの裏側にある噴水広場のところで、ドラマのロケやってたわよ」
「えっ、何の撮影?」とモデルさんが尋ねた。
「さあ、車で通ったときにちらっと見ただけだったから……」
「あーん、撮影がこれで終わりだったら、見に行ったのにぃ」
 モデルさんは、日傘を左右に振りながら、両足をばたばたさせた。
 ワカバは「ありがとうございました」と頭を軽く下げてから、少し先にある商工会館ビルの方に早足で向かった。後ろから「頑張ってねー」とモデルさんの声が追いかけてきた。

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