小説

『裸のオーサワ』丸山肇(『裸の王様』)

 肩こりに効くって言われて、ネックレスを買った。効き目と関係ないプラチナや宝石まであしらえて、値段がバカ高い代物。それだけは惰性で、今でも着けている。効いたか否かの検証は、しようがないし、絶大な効果を感じたことも記憶に無いが、気休めとしては十分に役目を果たして、それなりにオレを癒やしてくれた。
 「ちょうど良かった。孫に口が臭いって言われて悩んでいるんだ。解消できる薬があったら、頼むよ。歯磨でも、洗浄液でもなんでもいいから、良く効くのを持ってきてくれ」

 
 近くの商店街に店を構えるデンは、いったん帰ると、すぐにまたやって来た。手にしている小さな瓶が、液体の口臭予防薬らしい。
 何だって「イッキウェル」だと?
 息の具合が良くなることと早く効くってことを同時にイメージさせているのか? 欲張った内容の安直なネーミングだ。箱の色の違いで、柔らかい効果のものと、普通に効くのと、パーフェクトに治るバージョンがあるんだって?
 デンはひとつ物を売るのに30分ぐらいは薀蓄を傾ける。
 「我が家伝来の歯磨きの広告が入った昭和13年の『文藝春秋』を、ついでに持って来ました」
 表紙がはがれそうな古い雑誌の中には、そこだけカラーで色あせていない歯磨きの広告が挟まれている。商標名は「薬用クラブ歯磨」とある。「科学の力でムシ歯や口臭を防ぐ!」が、目に付いたコピーだ。
 「日中戦争が泥沼化して国家総動員法が施行された年ですよ。そんな非常時に、口臭を気にしている人は大勢いたんです。人にとって口臭予防はとっても大事だっていうことです。今日持って来たイッキウェルは、戦後に開発された商品ですけどね」
 「イッキウェルっていうネーミングは、とっても昭和っぽいと思ったよ」
 「隠れたロングセラーだったということです。名前の古さは、それだけ長く愛用者が続いて来たという証拠でしょう。柿渋、ナスのヘタを炭にしてパウダーにしたもの、ナタマメなど、昔から良いと言われているもののほかに、新しく改良された成分もいっぱい詰まっていますよ」
 その後、やっぱり30分は解説が続いた。
 デンの前の二番煎じの茶も無くなり、茶碗の中でさっきまで立っていた茶柱が底にへばりついている。
 「1個5千円です。安いと思うか高いと思うかは、あなた次第です。よければスーパーバージョンの8千円のものも用意できます。何でも自分が満足できれば、安いものですよ」
 さらに商品の宣伝が続く。
 「イッキウェルを中心にした、こちらも隠れたロングセラーの商品群があって、歯ブラシ、クロス、舌苔取り、洗浄液、外出時に口に入れておけば効果が長持ちする乳酸菌入りの錠剤もあります」
 デンの矢継ぎ早の説明は、聞く側が考えて自分で判断する余地を与えない。オレの目からはデンの顔以外の画像が落ちて、段階がそこまで行くと、精神的にとりつかれたようになってしまうのが常だ。

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