小説

『御心ざしのほどは見ゆべし』安間けい(『竹取物語』)

 なんらかの事情で両親の元にやってきた芙美。切望されて引き取られたなら救われると思った。仕方なく引き取られたのだとしたらと恐ろしかった。月から本当の親が迎えにきたらあっさり手を振るのではないかと想像して、両親の気持ちを知りたかった。
 芙美が川の中の魚らしき影に目を落とすと、先ほどより数が増えてよく動いているのが見えた。その横の舗装された石畳を小型犬の散歩をする高齢の夫婦がジャージ姿で歩いていく。向かい側にはベビーカーを押しながら子どもと母親が子ども番組の主題歌を歌っている。ジローは魚を追って飛び石を軽い足取りで渡っていた。
「ねえー!私、探し物してるんだけどー。」
 芙美はあまり普段は出さない音量の声をあげた。ジローは眩しそうに橋の上の芙美を見上げた。陽はジローの後ろ側に暮れかけている。
「鍵の形をしたペンダントなの。ずっと探しているのに見つからないの。お祭りで買ったのに、どこにいったかわからないの。」
 芙美はいつの間にか泣きそうな顔をしていた。
「ちょっと待ってて!探すから。」
 ジローはしっかりと笑って答えた。片足で立ってするりともう片方の足の靴と靴下を脱いで、川の外に投げた。もう一方の靴と靴下もあっという間に投げた。そして浅い水の中に足を入れて、背を丸めて砂利や水中を探し始めた。制服の裾が濡れている。
ジローはつい先日終わった今年の祭りで、しかもこのあたりで失くしたのだと思っているようだ。芙美は訂正しようと思っても声が出せないでいた。
 10歳の芙美は、親からもらった千円のお祭りのための小遣いで鍵の形のペンダントを買った。夜店で見たおもちゃのペンダントは、キラキラしてアニメで観たお姫様がつけている宝物そっくりで、自分が買える最高に素敵なものに思えた。わたあめもくじ引きもりんごあめも我慢して大事に持ち帰った。
 そして母に渡した。
大好きな母に。
 いつ母が身につけてくれるだろうとワクワクしていた。しかし次の日も、その次の日も母の胸にその宝物が下がることはなかった。
 少しずつ成長して、芙美が至宝と思っていたそのペンダントがとても子供じみたおもちゃだということがわかった。そんなアニメに出てきそうな大きなおもちゃを使うのは自分でも恥ずかしいと思うだろう。
 だから仕方がないのだ。家中のどこを探してもなかったとしても、そんなおもちゃを母が捨ててしまったとしても、血縁がないこととは関係ないことなのだ。芙美は自分に言い聞かせた。
 父母と血が繋がっていないかもしれないと思いはじめたころのことだ。それでもいいと思った。自分は父のことも母のことも大好きだったから。おもちゃのペンダントにその想いを託した。だけどそれは母には受け取ってもらえなかったのだと感じた。毎日毎日母の胸元を確認してはその思いを強めてしまった。『御心ざしのほどは見ゆべし』という言葉が芙美の心臓にスッと刺さった。 
 川に降りよう、そう思って手足に力を入れようとした。
「あったよー!」
 下から芙美の出した声の数倍のボリュームが帰ってきた。

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