小説

『御心ざしのほどは見ゆべし』安間けい(『竹取物語』)

「いないけど」
 芙美が答えると、一気に緊張がほどけた彼がしゃべりだす。
「テストが終わったら、どこか遊びに行かない?観たい映画とかないかな。」
しゃべり出しの音がひっくり返ってイケメンが3割引きくらいになって見えた。
「観たい映画は……ないけど、ほしいものがあるの。」
「え、え、えなになになに?」
彼は初めてのデートを飛び越えて芙美におねだりをされて驚きつつも、事態を好意的にとらえている様子である。顔がゆるんで口の端から笑みがこぼれている。
「鍵の形のペンダント。」
「かぎのかたち?」
「そう。探してるの。」
「それって、素材とか、ブランドとか、関係なく?」
「探しものを見つけてほしいの。」
「19歳にシルバーのリングをもらうと幸せになれる的なこと?」
 すでに舞い上がっていて会話がかみ合っていないことに彼は気が付いていない。始業のチャイムにせかされて、途中何度か机や椅子に足を打ち付けながら教室を出た。
 あやが芙美の方を見て、古典の教科書で口元を周りから隠すようにしてヒソヒソ声で話しかけてきた。
「16歳にキーペンダンドなんてジンクスあったっけ?」
『御心ざしのほどは見ゆべし。』
「はあ?おこころ……?」
「まだ覚えてなかったの。」
 芙美はあやを呆れ顔で見た。あやは芙美にまだなにか言いたげだったが次の授業の教師が入ってきたので、古典の教科書を机の中にしまった。
「田中くん、金持ちのボンボンだって言ってたから、きっといいモノくれるよ。」
 諦めきれなかったらしくあやはコソコソと言い続けた。芙美から見て反対側の手でオッケーマークを逆さまに作ってニヤニヤしている。
 田中というのか、と芙美は思う。阿倍くんだったらちょうどよかったのに。火鼠の皮衣を買うために散財した右大臣阿倍御主人の役にぴったりだ。田中くんがペンダントを持ってきたら「これは偽物だ」と焼いてしまおうか。自分が探しているものを持ってきてくれるはずがないのだから。
 「あ、竹本さんだ。」
 学校前のバス停から乗車して駅の一つ前のバス停で降りると、見覚えのある顔が声をかけてきた。芙美の家の近くに住んでいる同級生の少年だ。学区が同じなので小学校も中学校も一緒だった。いつも目を細めてニコニコと笑っているような印象がある。
「えっと……。」
 芙美は彼の名前が思い出せない。
「ジローだよ、鈴木治郎。やっぱり覚えてないと思った。」
 自分の名前を忘れられているというのにやっぱり目を細めて笑っている。
「聞いたんだ。すごい話題になってるよ。田中が竹本さんにプロポーズしたって。」
「プロポーズ……されてないけど。噂ってそういう風に変化するのね。」
 アクセサリーをプレゼントするという趣旨の話が高校生の想像力で求婚した話にすりかわるのはなんとなく納得できた。
 信号が赤に変わり、芙美とジローは並んで立ち止まった。
「プロポーズされてないの?ただのデマか。」ジローが言った。

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