小説

『永遠回帰』北山初雪(『人魚姫』)

 来る日も来る日も、彼女は来なかった。だから僕は人間の姿になって会いに行った。
教えてもらった住所で大体の場所は分かっていたので、何度か迷いながら辿り着く。
この家は本当は彼女の家の別荘で、この前の春から引っ越してきたらしい。今は家政婦さんと一緒に暮らしていると言っていた。 
ぐるぐる家の周りを歩きながら中の様子を窺っていると、彼女を見つけた。彼女は目を閉じて眠っているようだ。
窓が少しだけ開いているので、そこから入って大いにこけた。やっぱり慣れないことはするもんじゃない。 
頭をさすりながら彼女のベッドに近づいていっても、彼女は起きなかった。
言い様もしれない不安が込み上げて、思わず、
「生きてるの? それとも死んでるの?」
「なかなかストレートな言い方だね」
 にっこりと笑って、彼女が目を覚ました。
「絵、描きに来ないね」
「そうだね。体がだるくて、今は正直起き上がるのもきついんだ」
 そう言いながらも起き上がる彼女の体を支えると、骨の感触がすぐにでも伝わってくる。
「病院は行ってるの? 薬は飲んでるの?」
「どちらにも行ってるけれど、こればかりはね。仕方がない。人魚と違って人間は脆いよ」
 寂しそうに言う姿に、僕は泣きそうになる。 
「もっといろんな場所に行きたかった。もっといろんな絵を描いてみたかった。けれど、もうそれも叶わない」
 涙こそ流さなくても、彼女の心が泣いているのはよく分かった。
 それを横で見ながら、僕の心臓の鼓動が速くなる。
 どうしたら良い? どうしたら彼女の涙を止めることができる?
 もしかして、僕はそれができるんじゃないだろうか。
 ごくりと唾を飲み込んで、僕は、
「なら、僕の肉を食べて」
「え?」
 当然のように彼女が驚いた。言っている僕も結構驚いてはいたけれど、そんなことよりも何か大事なことが今目の前にあって、それが何かをはやく確かめたくて僕は早口でまくし立てる。
「人魚は不老不死だって言ったよね。でも、それはあくまでも人魚が自ら進んでその肉を差し出した時にしか効果はないんだ。だから人間が人魚を捕まえて無理矢理その肉を食べても、不老不死にならないってわけ。そうじゃなかったら、今頃たくさんの人が不老不死になってるよね」
「何を言って」
 彼女は目を丸くして固まったままだ。
「でも人魚の肉を食べるって言っても、少しでも効果は出るよ。そうだな。僕の小指の先ぐらいで大丈夫だと思うよ。確かに気持ち悪いし嫌かもしれないけれど、僕は君のためなら何でもするよ」
 だって、君が好きだから。それ以外に理由なんてない。

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